33、  アリスのウイングビームが再び放たれ、今度はオレンジファイターが撃墜された。第1小隊が駆る3機 のホワイトウイングもアリスと合流し、左腕に装備されたツインビーム砲で各個にエアボーグを撃破して いく。壊滅した編隊の中から1機だけ抜け出したデスボーグ・ミューも、地上にいるミオのバスターキラ ーレーザーによって爆散し、全てのエアボーグがGブラックと合流することなく撃墜された。これでGブ ラックを救援できる戦力は、研究所周辺から全て消失したことになる。  ユージはモニターに映る、なすがままにやられるGブラックを見ながら思考を巡らせていた。今までは Gブラックの体内にGFエナジーが十分に残されており、巨大化するかもしれないことを前提に作戦指揮 を執っていたが、もしそうならばここまで簡単にやられたりはしまい。ユージはGブラックにGFエナジ ーがさほど残っていないと判断し、ミナとミオに命令を下した。 「20メートル大への巨大化を命じます。射撃武器を用いて、一気にケリをつけてください」  命令を受けたミナは意識を集中させ、GFエナジーを高めていく。  ガチャフォース最年長の23歳であるミナのGFエナジーは既に1600にまで低下している。これは訓練生 の平均をやや下回る数字であり、もはやパートナーボーグを数十キロメートルの大きさにまで巨大化させ ることはできない。20メートルの大きさに巨大化させるのがやっとで、それを実行するためのGFエナジ ーをパートナーに送信することにも、十数秒の時間がかかってしまう。  その十数秒のうちに、Gブラックはミオが巨大化することを察知した。Gブラックは体内のデータクリ スタルに少しだけ残されていたGFエナジーを使い切って一瞬だけ20メートルに巨大化し、サハリ町方面 に向かって逃げるようにジャンプする。ジャンプの飛距離は思ったほど伸びず、Gブラックは研究所とサ ハリ町を隔てる森に落下した。 「ガチャフォースはGブラックの追跡を開始してください。ただしアリスは研究所に待機し、パートナー の到着を待ってから追跡に参加してください」  ユージは座席の後ろに立っているリンの方へ向き直り、アリスのパートナーとなるため地上に上がって もらうことを要請しようとしたが、先に「私がアリスのパートナーになるわ」とリンに言われてしまった。  ユージは「私が頼むまでもありませんでしたね」と苦笑し、快諾する。リンはそれに微笑みで返すと、 踵を返して地上へと向かっていく。しっかりと地を蹴って進んでいく足音に心強さを感じながら、ユージ はマイクに声を吹き込んだ。 「訓練生はGブラックに近づかないように。追跡はガチャフォースに任せ、各自デスボーグの撃破に専念 して下さい」 34、  体が重い。腕も脚も、地面に杭で打ちつけられているかのようだ。唯一動かすことのできた手足の指先 だけを動かしていると、だんだん腕や脚に血流が流れ始める感覚が湧いてきた。 (動かないと……動かないと……)  ただひたすらにそれだけを願って、手足の指先をがむしゃらに動かし続ける。そのたびに腕と脚は少し ずつ軽くなっていき、やがて違和感なく動かせるようにまで回復した。 (戦わなくちゃいけないんだ……リンのために!)  シンはだるさの残る体を無理やり起こして、地面を踏みしめ直立した。右腕をみぞおちの位置に当てな がら目を閉じ、専用の周波数で流れている研究所の通信に耳を傾ける。 『Gブラックはエアボーグに乗って低空飛行しながら、ジャングル公園に向かって逃走中。エアボーグは デスアークと共にサハリ町に降下していた機体だと思われます』  Gブラックという名前に既知感を覚えたシンは、おぼろげな意識のまま記憶を探った。シンがまだ小学 1年生だったころ、リンが行方不明になったことがあった。リンの両親はまた何者かに誘拐されたのでは ないかと心配したが、このときリンは数日間で帰ってきた。  シンはリンとの同居を始めてから、そのときの詳細を本人に尋ねてみたことがある。そのときリンが答 えてくれた内容は、Gブラックによって精神を不安定にされ、洗脳を受けて連れ去られたというものだっ た。 (Gブラック……リンを苦しめたやつか!!)  怒りのあまり、全身の血液が沸騰したようだった。体に残っていただるさはその熱で一気に蒸発し、お ぼろげだった意識も鮮明になっている。 (さあ、行くぞ!)  シンはGFエナジーを爆発させ、自分自身を金色の光で包みこんだ。背中にある干渉翼にもありったけ のGFエナジーを送信し、ジャングル公園に向かっての飛翔を開始した。 「アクイラが不時着したポイントに高いGFエナジー反応! アクイラの再起動を確認しました!」  突発的にキョウコが叫んだ内容は思いもよらないものだった。ユージは一瞬だけ言葉を失ったが、すぐ に「今のシン君の状態をセキュリティチームから報告させてください」と指示を飛ばす。少しの間があっ て、報告を受けたキョウコが声を上げる。 「セキュリティチームからの報告です! 錦織シンは依然、意識を失った状態のまま研究所に搬送中との ことです」 「コマンダーが意識不明の状態のまま、ガチャボーグだけが動いている……? 現在の情報を統合すると そうとしか思えませんが、このような現象は起こり得るのですか?」  問われたキョウコはユージの方へ振り向き、神妙な面持ちで返答する。 「シンクロシステム開発陣の一員として答えるならば、起こり得ないと断言します。シンクロシステムは コマンダーの意識をガチャボーグのデータクリスタルに投影するシステムなので、コマンダーが意識不明 の状態で使用することは不可能です。しかもアクイラはこちらからの強制停止信号によって電源を落とさ れていました。この状態ではシステムを起動することすらできません」 「それでは一体、何が起こって……」  ユージは過去の体験からあるケースを思い出し、ハッとした。それと同じことが起こっているのではな いかとの疑念を胸中に膨らませていく。 「……アクイラにプライベート通信を開いてください」  喉から絞り出されるような声だった。キョウコはコンソールに向き直り、アクイラへの回線を開く。 「本部からアクイラへ。聞こえていますか?」 『……通信感度、良好。訓練生第1期、錦織シン。アクイラと行動を共にしています』  行動を共にしている。この一言だけで、ユージが事態を確信するには十分だった。 「シン君。あなたがいるのは、アクイラのデータクリスタルの中ですね」 『そうですよ、ユージさん。電源が落ちる瞬間、アクイラの中に俺の意識を滑り込ませました』  シンのこの言葉には、キョウコが技術者として反応する。 「意識を“映す”のではなく、“移す”ということ? そのような機能はシンクロシステムに実装されて いないはずですが……」 『技術的なことなんか知りませんよ。それより俺には、そっちと話すつもりなんかありません。アクイラ の電源を勝手に落とし、俺をセキュリティチームに拘束させるような人たちとはね!』  あわててユージが口をはさむ。 「待ってください。私たちの行動には理由があります。あなたをGブラックに近づけるわけにはいかない のです」  言いながら、ユージは自分の無力さを痛感していた。自分の言葉では、何を言おうと決してシンを止め ることはできない。せめてこの場にリンがいてくれれば、説得の仕方もあっただろうに。 『何を今さら。俺に進むべき道を見つけろと言ったのは、一体誰ですか?』 「……」  自分の存在はシンにとって、もはや憎悪の対象でしかない。そう確信したユージはあえて言葉を返さず に無言を貫いた。ただ成り行きを見つめることしかできなくなったユージに対して、シンから絶縁の言葉 が告げられる。 『これ以上、俺の邪魔をしないでください! 俺はいつまでも、あなたやショウさんの後ろにいるような 人間じゃない!』   アクイラとの間に開いていたプライベート回線が音を立てて切断された。それでもキョウコはオペレー ターらしく、よどみない口調で事実を伝える。 「アクイラ側から通信を遮断されました。こちらからの強制命令も受け付けていません」 「強制停止信号は?」 「……受け付けません」  もはやアクイラは研究所の制御下にはなく、シンそのものとなっている。信号を受けるも受けないも、 シンの意思ひとつで決められる状態だ。ならばシンに命令を出すのではなく、他のメンバーに命令を出す ことによって事態の収拾を図るほかにない。 「アリスを20メートルに巨大化させ、ガルダ、Gレッド、サスケ、ミオの4機を連れてGブラックのもと へ急がせてください。それからミサキさんのグライドも、アクイラの後を追わせるように。ただしGブラ ックが撃破されるまでは、グライドは戦闘区域外で待機するよう伝えて下さい」  そう言いながらも、Gブラックに最も早く接触するのはアクイラであるとユージには分かっていた。  ガチャボーグの巨大化は20メートル大と数十キロメートル大の2つの大きさにしかなれず、なってから 数十分後に巨大化は解除され、反動でガチャボーグの運動性能は著しく低下する。通常のガチャボーグで あれば巨大化途中での解除は不可能だが、先ほどのGブラックや今のシンのように、データクリスタルの 中から直接GFエナジーを引き出せる状態にあるならば巨大化の途中解除が可能になるし、巨大化してい た時間が短ければ、その分反動も少なくなる。  シンは間違いなく20メートルの大きさになって、Gブラックとの距離を一気に詰めるだろう。アクイラ と他のガチャボーグでは推進力に差があるし、公園までの距離もアクイラの方が近い。いくらガルダやア リスを巨大化させて急いだところで、間に合いはしない。 (恐れていたシナリオの通りだ……)  ユージは珍しく、重い溜息を吐きだした。指揮官としてあるまじき行動だという自覚はあったが、そう せずにはいられないほどの疲労感が体中に流れていた。 35、  シンは20メートルに巨大化したアクイラの動きを、ジャングル公園の300メートル手前で止めた。その ままの姿勢でレーダー情報を呼び出し、Gブラックの動きを探ってみる。  Gブラックと思われる反応が公園を東から西へと横切っている。その周辺を6体のウイングソルジャー が取り囲み、イーグルジェットに乗って逃走するGブラックを警護していた。Gブラックはこちらが巨大 化して攻撃してくるのを恐れているためか、周囲に人がいるところを選びながら低空飛行を続けている。 公園にいる人々はイナリ山の上空からビームアローを撃ち上げ続けるアルナイルを不安の表情で眺めるば かりで、誰も動こうとはしない。もしアクイラが巨大化したまま攻撃を撃ちこめば、公園にいる人をビー ムの熱に巻きこんでしまうことだろう。 (とにかく、Gブラックを公園の外れまで追い込むしかない)  シンはやむを得ず、巨大化したアクイラを通常のサイズに戻した。ここから公園に到着するまでにはお よそ1分かかる。シンの後方からはミサキのグライドが向かっており、研究所ではガチャフォースの面々 がなにやら動きを見せているようだが、どちらかが到着するまでには猶予がある。その前にGブラックを 倒して手柄とし、リンへの手土産にしなくてはならない。 (ショウさんなんかじゃ、リンを守れないんだ。デスフォースを倒すための力だって、精神力だって、俺 の方が勝ってる。一人でGブラックを倒して、それを証明してやる!)  シンはアクイラを低空飛行させて公園に立ち尽くす人々に気づかれないようにしながら、ジャングル公 園に東側から侵入した。いったん南側へ大きく回り、Gブラックの真南100メートルの距離を維持しなが ら敵の様子を観察する。Gブラック、ウイングソルジャー共に特別な武器は持っておらず、蛇行しながら 西へと向かっているだけだ。  シンはGブラックの一団が人の足元から離れ、15メートルほど先にいる別の人の足元へと移動しようと した瞬間、アクイラを急発進させてGブラックへと迫った。  アクイラの急発進に気づいたウイングソルジャーたちは、アクイラとGブラックとの間に滞空してGブ ラックを守る盾となった。各個にアローショットを放ってアクイラを狙ったが、デスアークの全門発射を 回避できるシンに対してはあまりに貧弱な火線だった。アローショットはことごとく回避され、逆にアク イラが放ったビームニードルガトリングに胸を貫かれ、あっけなく5機のウイングソルジャーが夜の闇に 消えた。残った1機もアクイラの脚底部から発振されたロングビームブレードにデータクリスタルを貫か れ、音もなく消滅する。  護衛のウイングソルジャーを全て失ったGブラックは、アクイラに背を向けて北へと逃げだした。Gブ ラックが乗っているイーグルジェットの速度はアクイラに比べて9割程度しかなく、やすやすと追いつけ る。通常サイズでの攻撃ならば他人を巻き込むこともないので、倒そうと思えばいつでも倒せる状況だっ たが、シンにはGブラックが公園の外に出るまで待たなくてはならない理由があった。  人工ガチャボーグのアイセンサーの映像は研究所で録画されている。しかし、今のアクイラは研究所と のリンクを遮断しているため、当然ながら録画もストップしている。このままではシンがGブラックを倒 す場面を映像に残し、リンに見てもらうことができない。アクイラ側で行っている遮断をやめれば録画は 再開されるだろうが、研究所とのリンクを復活させてしまえば、その回線を経由して強制停止命令を送り こまれかねない。ならばシンにできるのは、こちらに急速接近しているミサキのグライドの前でGブラッ クを仕留め、そのアイセンサーに映像を記録させることだった。  グライドの位置はマナの家とジャングル公園のちょうど中間で、バーストを使用しながらこちらに向か っている。アクイラと合流するまでには1分もかからないだろう。シンはあと十数秒でGブラックがグラ イドのアイセンサー有効範囲に入ると推算しながら、グライドへのプライベート回線を開いた。 「ミサキ、聞こえるか?」 『シン君! ……よかった。通信が繋がらなかったから、心配したよ』 「話は後だ。今はGブラックを仕留めることを優先しよう」 『そ、そうだね。私はユージさんから戦闘区域外での待機を命令されてるけど、シン君は?』  シンにとって、ミサキに下されていた待機命令は好都合だった。これでグライドを記録者としてスムー ズに使用できる。シンは内心で愉悦の笑みを浮かべながら、通信を続けた。 「俺はアタッカーを務める。可能な限り俺一人で仕留めて見せるけど、もし撃ち損じてもGブラックをミ サキの方へ誘導してみせる。そのときは挟みうちで仕留めよう」 『わかった! 私はGブラックの真東の位置で待機するよ!』 「了解。俺とGブラックの動きを見失うなよ……くれぐれも、な」  シンの声は無意識に低くなっていたが、ミサキはその意味に気付くことなく、いつもの無邪気な声で、 『だいじょーぶ! シン君のことなら誰より見てるんだから!』と言葉を返す。ミサキの言葉には無自覚 な恋愛感情が含まれていたが、シンにとってはただの好都合な言葉にしか聞こえなかった。 「その意気だ、絶対に見失うなよ。……それじゃ、仕掛けるぞ!」  アクイラは公園の北に広がる小さな林を低空飛行で突っ切ると、そのままの勢いで北に進み、田園地帯 へと機体を踏み入らせる。Gブラックは田園地帯の上空20メートルほどを進んでおり、シンはその真下に 滑り込んだ。その位置から直上へと2門のビームニードルガトリングを放ち、イーグルジェットの両翼を 粉砕する。それでもなおイーグルジェットはブースターを吹かせて逃げようと試みたが、アクイラが続い て放ったビームランチャ―に機体の後部を貫かれ、ブースターを使用不能にされてしまった。  Gブラックはイーグルジェットから飛び下り、さらに自身のバーニアを吹かせて北に向かって逃走を続 ける。アクイラはGブラックに向かって飛びあがりつつ、左腕をイーグルジェットの方に向けてビームニ ードルガトリングを放ち、イーグルジェットの中央部にあるデータクリスタルを蒸発させた。 「覚悟しろ、Gブラック!」  シンは吼えながら、アクイラの左腕にハイパービームブレードを発現させる。Gブラックが悪あがきで 放ってきたバスターレーザーも、それに続けて放ってきたビームガンもたやすく回避して、アクイラはG ブラックに肉薄する。30センチの間合いにまで近づいたとき、アクイラは左腕を振りまわしてGブラック を逆袈裟に斬りつけた。Gブラックが後退したために身体を両断することはできなかったが、ビームガン を持ったまま突き出されていた右腕の、その肘から先を切り落とすことができた。  Gブラックも覚悟を決めたのか怯むことなく左手の中にブレードを発現させると、バーニアを吹かせて 前進に転じながら、横なぎに切りつけてくる。しかしシンには通じない。シンは右腕を身体の前で縦に構 えると、前進してGブラックの懐に潜り込んだ。Gブラックの腕の動きはアクイラの右腕に遮られ、Gブ ラックの胴が無防備になる。シンはこの瞬間を見逃さず、左腕のハイパービームブレードをGブラックの 胸に向かって突き立てた。Gブラックのデータクリスタルはビームの高熱に貫かれ、溶融する。  Gブラックは動きを止め、力が抜けた四肢をだらしなく下ろした。背中のバーニアも機能を停止してお り、一切の浮力を失ったGブラックの体は、胸に剣を突き立てたままのアクイラと共に力なく田園地帯へ と落下していった。