既知の事と思うが、我らが王ビクトリーキング率いる新生ガチャボーグ防衛軍本部『ガチャベース』は、河川敷の地下の空間、かつてはデスベースと呼ばれていた場所を改装したものである。  軍と申しても、今我々が戦闘を行う理由は無い――故に、我々が今取り掛かっているのは、メガボーグ星の歴史、文化等をデータベース化し、この星の司法機関に提出するプロジェクトだ。  事件は本日の夕暮れ時、プロジェクトに関する会議――と言っても公なものではなくて私とデューク、キングとメガトン翁というメンバーで、雑談を交えながらのものだったのだが、とにかくその場の流れで、メガトン翁殿の説法を我ら3人が身体を小さくして拝聴していたときに起きた。  願わくば二度と目にしたくは無かった、赤く明滅する非常ランプと警報ブザーの騒音。  我とキング、そして翁は顔を見合わせ、『妙な、飯の時間を知らせる鐘には少々遅いでござるよ』と首を傾げるデュークを引きずって、司令室へ急いだのだ。ちなみにそのすぐ前に、晩餐は済ませてあったのだが。 「キング様!」 「状況は! 一体何が起こっているんだ!」  困惑の色を瞳に称えて振り返るクローロボに――マシンボーグ同士には、そういった表情の変化も分かるものなのだ――キングが総司令の椅子に付きながら問うた。 「警報が――敵です! 敵襲です!」 「落ち着け! 誤認では無いのだな!?」  実は先日にも同じような出来事があって、そのときは基地の上空でのシリウスとアンタレスの痴話喧嘩を戦争と勘違いしたのだが――とにかくそういう前例もあるので、キングはそう確認した。  するとクローロボは「これを――」と言い、モニターに基地地上の映像を映し出したのだ。  そこに映っていたのは――そう、デスボーグの群れだった。流石クィーン、聡明な考察でありまする――ごほん、とにかく、基地をぐるりと取り囲むように、よくノーマルニンジャが喧嘩相手のウィングボーグに向けるような、暴力的に過ぎる殺意に満ち満ちた目で、隊列を組んでいたのだ。同じ無機物ボーグとして、そういった感情の機微は分かるものなのだ!  兎にも角にも、その数の夥しい事と言ったら!  私は一千は下るまいと思ったのだが、デュークめは『百体は居るでござろうな』ともっともらしく頷いたものだ。  まったくあれで我より4つも爵位の高い公爵殿とは笑わせるものだが、そのあとメガトン翁殿に『バカモンめが、デスボーグどもめ二千は下らぬわ』と小突かれていたので、まあ我も溜飲を下げたのだがな。――何を言う、我の方が彼奴より10倍も近く真実を言い当てたではないか!  話が反れたが、ともかく我らは――ええと……ああそうであった、デスボーグ共に包囲されておったのだ。  地上はあの忌まわしいオメガをはじめ、あらゆる種類のデスボーグが埋め尽くし、空などはシグマのカラス共で埋め尽くされて夕焼けが見えぬほどであったわ!  だが数に任せた烏合の衆如きに敗北する我らではない。この2年間を遊んで過ごしていたのなら話は別であろうが、我らが栄光のマシンボーグ軍団は打って出て、忌まわしきデスボーグ共を紙屑を焼き払うように屠ってやったわ!  ――うむ、しかしそれでこの話が終わりならば、今頃我は勝利のオイルをキングと分かち合っているであろうな。  だが残念ながら現実はそうではない。一騎当千の兵達が五百。五十万もの大軍団に匹敵する我らがたかだか二千の雑兵共に蹂躙されそうになっているのには、深いわけがあるのだ。  うむ……非常に認め難く、我らにとって恥辱の極みであることに。  味方の兵の――恐らく半数に上るであろうと目されているが――が、突如として我らに背いたのだ。  否! 勘違いしてもらっては困る。彼らは恐らく、自らの意思でそれをしているのではないのだ!  確証は無いが、恐らく洗脳されているのだ。彼らがあの忌まわしき暗黒皇帝! 高き天に在りし、最も天罰に近きこの世で一番穢れた十字、デスブレンの大悪党めに囚われ、意思を剥奪されていたときと――まるで同じに見えるのだ。  とにかく、味方の半数が敵になり、正気の者も殆どが戦意を削がれてしまった。  あの忌々しい出来損ないタンクボーグのカイ共が隊列を組み、基地内に進入してクルクルクルクル回りながら設備を破壊して回るのだ! 空軍は隊列を乱され、誰が敵になったのかも分からず味方が味方を撃ち、タンクボーグ達は自らの主砲の威力を知っているから、昨日の友に砲身を向けることすら躊躇い、にも関わらず奴らの洗脳は容赦なくかつての友を撃ち殺させる! あれ程の恥辱を受けた事がかつて在ろうものか! メガトン翁殿の400の齢が刻まれる合間にすら無かったに違いないのだ!  連絡の途絶えた各軍との交信を諦め、かくなる上はと我らは打って出ることに決めた。  が、メガトン翁曰く『主らが出て行こうとも、あの数では無事では済むまい。最悪、破壊されかねん――むしろそれこそが奴らの狙いであろう』。仮にもビクトリーの称号を持つ者としてその意見には賛同しかねる部分もあったが、万全を期さねばならぬ状況であったのもまた事実。そこで我らは、GFコマンダー……そなたらに助力を求めることにしたのだ。  正直に申せば、我は心苦しい。  見知らぬ異星の住人達の戦いに巻き込まれ、命を賭してまで戦ってくれたそなたらに再び手を借りるのは――。  しかし、もう我らにはそなたしかおらぬのだ!   バロンの称号に賭け、必ずやそなたらに恩義は返すとこの剣に誓おう。今一度、今一度我らの為に、戦いに身を投じてはくれぬか!  頼む! GFコマンダー!!  大方の事情を把握したところで、最初にうさぎがしたのはバロンに頭を上げさせることだった。 「そんな大げさにしないでよ、バロン。そんなの頼まれるまでもないわよ」 「では――」  がば、とバロンが顔を上げる。信頼に満ちた視線に答えるように、うさぎは力強く頷いた。 「任せといて。一回倒した連中がまた向かってきたなら、もう一回ぶっ倒してやるのがチャンピオンの礼儀ってものでしょ?」 「……荒々しい礼儀作法もあったものね」  ケイが苦笑する。 「でも私も同意見です、バロン。我が主と共に、我らに仇為す者どもを撲滅するとお約束しましょう」 「……すまぬ。できるならそなたらからは、平穏を奪いたくは無かった」 「大げさだって言ってるじゃない。そうと決まったら善は急げよ。さくっと行ってさくっと片付けてきましょ」  言うと、うさぎは部屋の隅に置いてあったガチャボックスを手にした。鍵を付けたキーホルダーを意気揚々とポケットに仕舞おうとして――今着ているパジャマには、ポケットなど無いことに気付いた。 「……その前に、着替えるから出てってもらえる?」  少し頬を赤らめて、遠慮がちにバロンに申し出るうさぎだった。  数分後。『カフェ・ラビット』の裏口から、白い影が密やかに抜け出ていった。  人影は音を立てないように気を使いながら自転車に跨ると、夜の街を疾走していく。 「うさぎとケイさん……大丈夫かな」  窓辺からその後姿を見送りながら、フィンは不安そうに呟いた。 「大丈夫よ、ケイが一緒ならね」 「それに、向こうに居るのが全部敵ってわけじゃないんだ。仮にもGFコマンダー・うさぎが援軍に現われれば、士気も上がるだろうしな」  シーダとギルが慰めるように肩を叩く。 「うん……そう、だよね」  フィンは自分に言い聞かせるように、何度も頷いた。 「それに、私達だってすぐ追いつくんだしね」  フィンら3名が留守番をしている理由は、うさぎのベッドの上で身体を横たえるビクトリーバロンである。  彼を追ってきたデスボーグ達が、本当に全滅したのか確証が持てない上、援軍という不安要素も拭えないので、護衛に残されたのだ。  それに、先程電話で呼び出したマナの事もある。  何も知らずにチャイムを鳴らされて、うさぎの両親が娘の不在を知るような事になれば、彼女達のマスターはこっぴどく叱られることに なりかねない。  3人とバロンは、マナと合流して後からうさぎを追うことになっていた。  ……フィンは、先程の騒ぎで出来た暗い空間――電灯の明かりが失われた空間に目を向けていた。  暗いのと狭いのは嫌いだ。どちらのあの孤独を思い起こさせるから。  と。唐突に、フィンの耳に異音が響いた。  キィィィィィィィィ……。  ガラスを爪で切り裂くような、嫌な音。 「――まさか!?」 「フィン!?」  フィンは叫ぶと、姉を押しのけて飛び出した。  胸の炉心から送られるエネルギーを左腕のクリスタルメイルが増幅し、局地的な『障壁』を展開する。  コンマ一秒で展開したバリアが、暗闇から飛んできた巨大なハンマーを弾き返した。  トゲ付きのハンマーが、暗闇に消えていく。その向こうで、どこかで聞いたことのある笑い声が響いた。 「クックック……流石、『使い捨て』とは言え、一時でもデスボーグ13幹部に籍を置いたエージェントと言うことか。昂るぞ、『デスガード』……!!」 「やはり……貴様かぁっ!!」  声の方にバスターを向けながら、フィンが憎悪の表情を浮かべる。  暗闇の遥か高い位置に、橙色の光が浮ぶ――四つの明滅する光と、中央の一つ目。  がしゃん、と重厚な歩行音を響かせ、暗闇から溶け出す様に姿を現したのは――かつてデスフォースの鋼鉄破壊師団長としてガチャフォースを苦しめた、『破壊者』の二つ名を持つ邪悪なハンマーロボ。 「デスハンマー……生きていたの!?」  全身を覆うボロボロのマント――その上からでも、彼の右腕の肩から下が存在しないことはハッキリと見て取れた。  そして、『幹部』としてデスブレンに改造を施されたボディ。間違いない。目の前にいるこのマシンボーグは、自分達を苦しめた『あの』ハンマーロボだ! 「この渇きが癒えるまでは死ねるものか――まだまだまだまだ壊し足りぬわ!」  電球の割れた街頭の上から、3人のすぐ傍に飛び降りて、デスハンマーが笑う。 「さあ、精々愉しませろよデスガード! 貴様が壊れる音を存分に聞かせてくれ!!」