「〜〜〜……」  フィンは声にならない声を出して、その場にへなへなと座り込んだ。  初めて目の当たりにしたビクトリービームの破壊力は、彼女の脳裏にアルティメットキャノンの雄姿さえ思い浮かばせる。  ……敵であったとき、対峙しなくて良かった。心からそう思う瞬間だった。  腰が抜けたようにへたり込むフィンを巨大な影が覆い、ズイッと大きな手が差し出される。 「ご無事ですかな、美しいお嬢さん」  見上げた巨体は、その優雅な装飾を無残に剥ぎ取られ、身体のあちこちから火花を吹いてさえいる。  それでも――ビクトリーバロンの姿はどこまでも騎士道的な優雅さを備えていた。 「は、はい……」  ようやく、といった風情でバロンの手に掴まって立ち上がると、フィンは慌てて頭を下げる。 「あ、あのっ。助けて頂いて、ありがとうございました」  その言葉にバロンは、ん? と首を傾げた。そして、すぐにハッハッハと声を上げて笑い出す。 「これは異な。助けられたのはむしろ我の方であり、礼を言わねばならぬのはこちらであろう。――王と精霊の御名に拠りて、そなたに祝福の在らん事を」 「ビクトリーバロン!!」  心配と非難の入り混じった声が祝詞(のりと)に被るように飛んでくる。 「おお、お久しゅうございますクィーン・シーダ。我が目の無い間に、また格段と麗しく――」 「その呼び方は止めて」  世辞を遮って、シーダは困ったように眉根を寄せた。 「おお、麗しきシーダ。貴女の命とあらば、我には富も名誉も命さえもかなぐり捨てる決意がございます。しかしながらクィーン、我にも裏切れぬものが3つございます。一つは王への忠誠、一つは貴女への友愛、そして我が剣への誓い。この3つだけは例え悪魔が我の魂を――」 「止めてってば」 「魂をこの鋼鉄の身体より引き剥がそうとも――」  シーダは困ったように微笑を浮べ、傾げた頬におっとりと手を当てながら、バスターの銃口を持ち上げ、もう一度お願いした。 「止めて?」 「イエスッ。無論、貴女がそう仰るのあれば、如何様にもお呼び致しましょうぞ、ミス・シーダ」 「ありがとうバロン。貴方の聞き分けの良さは好きよ」  にっこりと満足気に微笑みながら、シーダはバロンに向けていた銃口を下ろした。 「……淑女の割には恐ろしゅうございますよ、クィーン?」  そう軽口を叩きながら、ギルがシーダの肩を叩く。 「そうかしら、自分では嗜み深いつもりなのよ?」  ひょい、と肩をすくめてみせると、バロンの方に向き直る。  旧交を温めるような会話を、フィンは一歩下がって見つめていた。ビクトリーバロン。直接会話をした事は無いが、その姿は幾度も目にしたことがある。  かつてビクトリーキング率いるメガボーグ防衛軍にエージェントとして所属していたとき、命令系統の遥か上位に君臨していた存在――堅苦しくはあるが、案外親しみ易そうな人格に、フィンは好印象を抱いた。  と――。  フィンはハッと顔を上げた。ビクトリーバロンが吹き飛ばしたはずのデスボーグ・シグマが一体、物陰から銃口を向けているではないか。  危ない! 叫ぼうとして、止める。そんなことに気を裂く余裕があるなら、自分のバリアで3人を庇うのに全力を尽くすべきだ。  だが、フィンが全力で疾走しても間に合うまい。エネルギーをチャージする微かな音が耳に響いていた。発射まで間が無い。いざ銃口が光れば、その1秒後には着弾するような距離だ。  姉達は避けられるかも知れない。しかし、あの傷ついた巨体を抱えたビクトリーバロンはどうだ。普段なら体躯に見合わぬ機動性を発揮して難なく回避できたとしても、あれだけのダメージを負った身体でそんな芸当が出来るだろうか。  様々な思考が駆け巡る中で、とにかくフィンは走った。ビームが発射される、間に合わない――。  と、とつぜんその射線に、赤い影が降り立つ。影は腰から輝く剣を抜くと、一直線に推進するビームを弾き飛ばした。  フィンはその光景に目を剥いた。あの弾速の前に立ちはだかって、なおかつビームを『切り伏せる』などと、一体どこの剣豪の業だというのか。  更に、赤い人影はマシンガンを構えると、生き残ったデスボーグに銃弾を叩き込む。そいつは一瞬だけ、中性洗剤でも引っ掛けられた昆虫のように足掻いて、パッと小さな花火になって消えた。  ほんの一瞬の出来事だった。 「あら」  その微かな爆発音に、今気付きましたって顔で、シーダが振り返る。 「ありがとうケイ、助かったわ」 「……私だけ見せ場無しかと思いましたよ」  キャップを被り直しながら、赤い人影――ケイは苦笑いを浮かべる。 「だから譲っただろ?」  ギルはニヤ、と口の端を持ち上げて、意味ありげな視線を送る。  それを、ケイは涼しい顔で受け流した。 「ギルの場合は、攻撃が届かなかっただけじゃないの?」 「あはは。私は時々、スクール時代の猫かぶり優等生お嬢様だったアンタが懐かしくなるよ」 「化けの皮を剥がして下さったのは、一体どこのどちら様でしたっけねぇ。ギルさん?」  散っている火花と、交わされるにこやかな笑顔。  そのどちらを信じればいいのかの判別も付かないまま、フィンは、え? え? と動揺した。  どうしたの? とシーダが首を傾げる。 「え、だって――気付いてたの、お姉ちゃん?」 「当然でしょ? あの見え見えの殺気に気付かないようなら、エージェントなんて一日たりとも勤まらないわ」 「……我は直前まで気付かなんだ」  と、バロンが苦笑した。 「常々思うことではあるが、諸君らガールボーグの危機察知能力には敬服する。我は計器が狂えば、背後に接近されるまで気付くまいよ」 「しかし、その距離まで接近を許しても、近接戦闘で相手をねじ伏せるパワーがあるではありませんか、サー。私達はか弱い小動物ですから、せめて勘くらい鋭くないと」  ケイはそう微笑して、とにかく中にお入り下さい、と上官を招きいれた。  ケイたちがうさぎの部屋に戻ると、部屋の主はちょうど電話機を机に置いたところだった。 「うさぎ」  彼女のパートナーが声をかけると、うさぎは窓辺を振り向き、声をあげた。 「ビクトリーバロン!」  懐かしさと安堵と、不安。そして心配の反動で怒りに似た感情が混ざった複雑な発声だったが、バロンは再会に感極まったように嬌声を発した。 「おお、ミス・ラビット! 偉大なるGFコマンダーよ! あの戦いから既に700日が経ったと皆は言うが、私にとっては貴公の雄姿はまるで昨日のもののようにすら思えるのに! 大いなる時のうねりに削られ、貴女と言うダイヤの原石はますます美しく――」 「あーもー、相変わらずうるさいなぁ! ちょっと喋らないで待ってなさい! 今マナに電話して来てもらうとこだから!」  放って置けば一時間でも続きそうな美辞麗句を遮って、うさぎが言い渡す。  が、バロンはその眼を光らせて彼女を見上げると、断固たる口調で言い返した。 「そうは行かぬのだミス・ラビット! 事態は一刻の猶予もならぬ状態に陥り、我らが王は今にも打ち倒されるやも知れぬと言うのに、喋るなとはいかにも非情な物言いではないか!」 「一刻の猶予もないんだったら、もうちょっと簡単な言葉で喋りなさいって言うの!」  貴族口調の雅さも、彼女のような人種からすれば鬱陶しいだけ。ぴしゃり、と怒鳴りつけ――そして、不穏当な発言に気付いて、聞き返す。 「――我らが王が、倒される?」 「然様」  ビクトリーバロンが頷く。  大仰な立ち振る舞いが滑稽に映ることはあっても、やはり彼は騎士なのだ。  悲痛と焦りを押し殺して、大いなる威厳に満ちた声で、彼はその風雲急を告げた。 「我らが『勝利の王』の身に――最大の危機が迫っているのだ! GFコマンダーよ!!」