再び視点は窓の外。ぎゃあぎゃあと喚き立てるマスターの声に、3姉妹は振り返った。 「あら。うさぎ、持ち直したみたいね」 「……まるで死にかけてたみたいな言い草だね」  コマンドガール、シーダの言葉に、末っ子のバリアガールは苦笑を漏らす。 「私達はあまりの気味悪さに死にそうだったけどな」  さらっと、スピナーガールのギルが毒を吐く。 「ひどいなぁ」  とフィンは呟いたが、具体的な弁護には至らないようだった。 「とにかく部屋に戻りましょうか。うさぎが正気に戻ったのなら、こんな寒いところに居る理由も無いし」  シーダの提案に、反対すべき要素は無い。  フィン達は立ち上がって、暖かい部屋へ戻ろうと踵を返した。  ……その時だった。  彼女達の耳に届いたのは、在りし日にはBGMの様に聞いていた音。  ギルが呟く。 「航空機……?」  もちろん、人間達が利用する輸送用のそれではない。  エアボーグ……戦闘用機に特有の、張り詰めたエンジン音が、微かに風に混じって流れてきているのだ。  無論、エアボーグを見かけること自体は珍しく無い。彼らなりに現代を生きるエアボーグ達が、最大速度で街中を飛ばす光景は良く見られるものだ。  だから、3人が表情を引き締めたのは。  エンジン音に混ざって届く、微かな銃声がその原因だった。 『make-up!』  3人が叫んだのはほぼ同時。光の帯が身体を覆って、次の瞬間には、彼女達は輝くアーマーに身を包んでいた。 「――人が平和を噛み締めてるって時に!」 「文句は後で聞く。集中しろ、フィン!」  ギルは叫んで目を凝らした。闇の中に、ブースターの青い光が浮んで見える。  そして、その後方から浴びせかけられる無数のビーム。いかに高機動のボーグとて、あれだけの量は避けられまい。  時々見える小さな爆発は、エアボーグが被弾して起きているらしかった。 「追われているのか……? フィン、追跡者は!?」 「ギアの回転音に混じって響く、生体エンジンの鼓動……小型のマシンボーグ……? でも、これは……なんて敵意……」  フィンがそう呟く頃には、エアボーグの機影はその全容を現しつつあった。  手酷くやられているのか、各部から煙が噴出し、場所によってはスパークの火花が散ってさえいる。  それでもその速度はかなりのものだ。炸裂音を響かせながら、通った脇の電灯が次々と割れていく。  エアボーグは最大速度で追撃者から逃れている。フィン達への攻撃の意思は無いようだ。『セーフティ』の意味を持つ青いライトを点滅させている。  特に目配せもしては居ないが、3人は今後の行動について、大雑把ではあるが意見を一致させていた。  とりあえず追われているエアボーグに敵意は見られないので、彼には攻撃せず、黙ってすれ違う。そして追撃者の素性を見極め――場合によっては交戦。  こんなとき、追われている方が知り合いだったら判断に困らないのだが――そう皮肉っぽく思考したシーダは、次の瞬間目を見開くことになる。  機影から、彼女はエアボーグの正体をビクトリージェットだと見当をつけていた。  そして、それは間違っていなかった。たしかにその機体はビクトリージェットであった……のだが。  すれ違う瞬間。周囲の風を切り裂くようなビクトリージェットの轟音に巻き込まれながら、『彼』の姿を間近にしたシーダは叫んだ。 「ビクトリーバロン!?」  紫と黒を基調にした、どことなく高貴さを感じさせる機体。間違いなく、それは彼女の戦友だった。  メガボーグ航空部隊司令官にして、かの『勝利の王』の右腕と呼ばれるマシンボーグ。 「――来るぞ、シーダ!」  彼女もまた声に若干の動揺を滲ませながらも、ギルは輪郭のはっきりしない黒いガチャボーグに向かって飛び出した。  そして、気配を頼りに手にした武器を投げつける。 「ビィィィーム・ヨーヨースロー!!」  Sビームヨーヨー……ビームが無数の刃を形成するその威容から『アギト』とまで呼ばれた破壊の力が、姿の見えぬ何者かを砕く。  瞬間、ビームに引き裂かれた追跡者の身体が激しくスパークして、その光が彼らの姿を明確に映し出した。  光さえ映しこまぬ漆黒のボディ。  無機質な概観、無骨な関節の造り。そして不気味な一つ目の紋章。  何故彼女達が、この怨敵の姿を見間違うことなどあろうものか。 「……デスボーグ!?」  シーダが再び、驚愕の悲鳴を上げた。 「そんな……あいつらは全滅したんじゃ……」  フィンが絶望的な表情で呟く。 「問答は後だ! 行くぞ!」  無論、訓練されたエージェントであるこの3人が、そう容易く感情の檻に囚われはしない。少なくとも、戦場に置いては。 (何故? あいつらは皆、デスブレンと共に滅びたんじゃ無かったの? それにどうしてバロンが追われているの?)  心中は当惑しながらも、シーダのビームは鋭く闇を切り裂いた。光の矢の先端、全てで爆発が起きる――無駄弾は撃たない、というのが彼女の信条である。  援護射撃としてこれ以上信頼できるものはあるまい。ギルはシーダの射線を遮らぬよう留意しながら、手にしたスピナーで、デスボーグの紙の様に脆弱な身体を次々と抉っていく。  爆光に照らされた闘い様は、まるでどこかの格式高い舞踏のようですらあった。  フィンもいつまでも呆然とはしていない。二人の姉を無視して追撃を続けようとするデスボーグの一体を強烈に蹴り飛ばすと、すかさずエネルギー弾を撃ち込んだ。  翼を持ったデスボーグの姿が爆発に飲まれるのを視界の端で確認しながら、彼女達を素通りしようとするデスボーグの身体をスピナーで両断、すかさずチャージガンを射撃モードに戻すと、エネルギー弾を乱射する。  フィンは、デスボーグの群れに的確に射撃を行いながら、その聴覚で敵の勢力を把握しようと努めた。  『聞き』分けるまでもなく、敵はシグマシリーズだ。劣化コピーの多いデスボーグの中でも、ウイングボーグの機動性をほぼ完璧にコピーしたと言う点で『成功作』と呼ばれている。  飛んでくるビームを紙一重でかわしながら、フィンの耳には絶望的な数のエンジン音と羽音が響いていた。  やけくその様に叫ぶ。 「冗談じゃない! こいつら何百匹居るの!?」 「何百匹だぁ!?」  淡々とデスボーグ達を抉る動作は止めないまま、ギルが非難がましい声をあげて振り返る。 「そんなもん、どーやって戦えって言うんだ!」  今は善戦しているが、彼女達の体力は無限ではない。数の脅威というものは、エージェント時代に嫌というほど学んだ。  ビクトリーバロンが飛来してきた方向の電灯が全て割れているため、一部分がぽっかりと抜け落ちたような闇になっている。そこに、数百もの敵が潜んでいるのだ――想像して、ギルは舌打ちした。  ――が。 「下がられぃ、ご婦人方よ!」  電子的で、それでいて勇猛さを感じさせる声に、彼女達は弾かれたように振り向いた。 「――いけない、離れて!」  シーダが叫ぶと、二人はその意図を察して『射線』から飛び退いた。  3人が作った僅かな隙に体勢を立て直し、ロボット形態に変形していた『栄光の男爵』ビクトリーバロンが、胸の紋章にエネルギーを集中させる。  それはまるで、大気中に眠っていた光の精霊達が、彼の闘志に反応して次々と目を覚ましているような光景だった。  精霊達は紋章に集い、彼らの使える主のために剣を抜く。  男爵は、彼に使える精霊の騎士達に突撃命令を下した。 『空・間・断・裂ゥゥゥ!! ビクトリィィィィィィ・ビィィィィーーーーーーーム!!』  紋章に集った光が、爆ぜた。  青い精霊達が、白銀の剣を煌かせながら怒涛の様に突撃していく。  それは、地獄の悪鬼を滅さんとする、天使達の大軍勢もかくやという程の神々しさと暴力性を兼ね備えていた。  極限まで高められたエネルギーが、周囲の空間を切り裂きながら夜を切り裂いていく。  その凄まじい光――攻性エネルギーの波が一瞬でデスボーグ達を飲み込んだ。逃れるすべなど、無い。  通常戦闘時のビクトリービームではなく、生体エンジンを限界直前まで回転させて放つビクトリービームは、文字通り周囲の空間をVの字に『断裂』する。解りやすく言うのであれば、中心部に強大なエネルギーを持った真空の刃の様なものだ。  中心部のVビームに触れたものはもちろん、その周囲に渦巻く断層に巻き込まれたものまで一瞬で消滅させる、ビクトリーバロンの超必殺技である。  古の聖剣の如き光が闇を穿ち、暗闇に無数の爆光が煌いた……。