デスブレンとの戦いから半年。  第二の惑星メガボーグを求めて宇宙へ旅立ったガチャボーグ達。  数多の星に散っていた仲間と合流し、今は新しい居住惑星も見つかって組織の再構成と街の建築に大忙しの様子。  特にデスブレンとの戦いで中核となったGレッドらは皆をまとめる先頭に立ち、息をつく暇も無く日々の仕事をこなしています。  そんな中、暇を見つけては地球にいるパートナーの家へ遊びに来る。  例えば彼女達のようなガチャボーグもいるのでした。 ガチャフォース:サイドストーリー  ミッション・オーバームーン  寒風吹き荒ぶ如月。親愛なるコマンダーが在住する地球に、ガチャボーグの一部隊が訪れていた。デスブレンとの戦いの中で協力し合い、絆を培ったパートナーの住居。当然、部隊が駐留するのもその家だ。  といっても、その字面程に物々しい空気などない。部隊所属の当人達にとってみれば、親しい友の家に遊びに行くようなもの。デスフォースの脅威も去った今、然程警戒することもなく悠々自適な滞在生活を送っている。  時刻は昼を過ぎた頃。窓の外の景色は未だ寒々しいが、太陽の光が射し込むこの場所は暖かい。  家主であるコマンダーは学校で勉学に励んでいる頃だろう。もしくは学友と食事中といったところか。  ちなみにガチャボーグ及びガチャボックスは全員家で御留守番。差し迫る危険もない今では、ガチャボーグの存在が露見する方が余程危険である、というコマンダーの意見を尊重した結果だ。  デスフォースの一件はマスコミにも騒がれており、ガチャボーグが滞在することがばれるとお互い都合が悪いだろうとのこと。  ついていけない不満と、心配してくれる嬉しさが微妙なトコロである。  そんなワケで、コマンダーが帰宅するまでの我々は基本的に暇なのだ、と部隊のリーダーである彼女―――コマンドガールは息をついた。  留守番である彼女等の日常。ワルキューレやナース達、仕事熱心な者は家事に従事し、それ以外は大概居間のテレビの前に陣取って、地球の文化や歴史を始めとした情報収集に余念が無い。  コマンドガールも本を一冊読み終えたところだ。  よし、と一人頷き、机を飛び降りて階下へ向かう。移動のために部屋の扉は常に隙間を開けている。人間大のサイズになればもっと楽なのだが、そうも言ってはいられない。  敵がいなくとも日々親交を深めることでGFエナジーは増大している。しかし今は無駄遣いをすることはできなかった。毎日の家事に加え、今日は非常に重要な作戦を執り行うのだ。  この作戦は、今月の頭に端を発する。  居間のテーブルの上に、二体のガチャボーグがいる。両足の裏を合わせ、胡坐の様な格好でテレビに見入っているのがガードウィッチ。うつ伏せに寝転がり、眠そうな目でテレビを眺めるのは、副長でもあるシャドウガールだ。  甲斐甲斐しく家事に精を出すエンジェルボーグやナースボーグも、最初の頃こそ「お前等も働け」的な視線を向けていたのだが、今では半ば諦められていないものとして扱われている。 「のう、何故この人間達は明らかな嘘に対しても「そーですね」等と答えるのだ? 洗脳でもされとるのか?」 「やだなー、コレがお約束ってやつじゃないですかきっと」 「チキューのブンカというやつか」 「そうですそうです。副長もひとつお利巧になりました――って、あ。なんで変えるんすかー!」 「うっさいわ生意気な」  そうして偶々切り替わったテレビが、全ての始まり。  どうやらニュース番組のようで、しかし今はキャスターだかアナウンサーだかが二人で談笑しているシーンだった。 「見てたんすよ戻してくださいよー!」 「ええいやかましいブンカが知りたければコレでも見とればよいだろうが!」  リモコンに手を伸ばすガードウィッチの手を遮り、ビシ、とテレビにシャドウガールの指が向いた瞬間、キャスターの「それでは、どうぞー」の声と共に画面が切り替わった。  そして映し出されたのは「特集」の文字と共に流れる踊り文句。  リモコンを取り合う二人、どころか偶々部屋に入ってきたワルキューレやナースの動きも停止した。その手からハタキが落下する。  そしてそのままじっくりと「特集」を視聴。それが終わると同時に彼女達は頷き合い、隊長のもとへ急行した。  扉の隙間から部屋へ滑り込む。 「大変じゃ!」 「大変っす!」 「取り急ぎ作戦プランを練る必要が!」 「何ですか騒々しい読書中は邪魔をしないようにと」 「これは女の聖戦である!」 「気になるあの人と親密に!」 「貴方の彼も大よろこ」 「詳しく」  激戦を潜り抜けた彼女等の意思疎通、情報伝達は迅速である。  こうして半月前に色々と決定されてよりこっち、彼女等はコマンダーにばれない様注意しつつ、しかし着実に下準備を進めてきた。  そして今日、全ての結果が出るわけである。  この緊張と高揚に比べれば、デスフォースとの戦いなども些事にすぎない。  台所のテーブルに立ち、既に待機していた面々の真剣な顔を見渡し、コマンドガールは高らかに宣言した。 「それでは、これよりミッション・オーバームーンを開始する!」  道具は既にあるものを。材料は協力者に調達してもらった。人のこういった事情に首を突っ込むのが大好きなコマンダー、という知り合いに、今だけは感謝しておく。 「……と、その前に」  この作戦には必要だから、と材料と共に送られた包みを思い出す。数人がかりで押し倒し、口を開けた紙袋に入っていたのは色とりどりのエプロン。白にピンク、薄いグリーンとレモンイエロー。中には割烹着に似たデザインのものまで様々だ。  クリスマスにコマンダーから(ドールショップで購入したらしい)ドレスを贈られて以来、こういったものに興味を持つようになったガチャボーグ達は色めき立つ。 「では改めて、これよりミッションを開始する。準備はいいな!?」  フリルの付いたピンクのエプロンを装備したコマンドガールの声に、普段より一層華やかになった部隊が敬礼で応える。 「まずは湯煎準備を。手筈通りに!」 「鍋ですねー」 「水道準備ー」 「いつでもどうぞ!」  エンジェルボーグ陣によって蛇口真下へ運ばれた鍋を確認して、蛇口上に待機していたライトグリーンのエプロン装備済みバリアガールが栓を蹴り落として開放する。 「そろそろです!」 「水道閉めてくださーい」 「了解です」  持ち上げる事で閉まる水道の取っ手を掴んだワイヤーガール(バージョン・レッドエプロン)はワイヤーの巻き取りを慣行。上空に設置された起点へ向かう力を利用して水を止め、第一段階完了。  サイズ的に問題のある彼女等にとって、一連の作業も大仕事だ。 「それじゃ運びまース」 「どいてどいてどいてー」  重要物資の載ったコンテナを扱うかの如く慎重に運ばれた鍋が静かに降りる。 「コンロ上設置完了です」 「それでは点火してください。中にはボウルを」 「点火します。離れてくださーイ」  純白のエプロンを纏ったリングワルキューレがコンロのスイッチに張り付く。押し込みつつ捻りを加え最大火力で着火。その後火力を抑えて80℃を保つように。  その間に鍋と同じく輸送されたボールが鍋の中に投下され、いよいよ材料に手をつける。 「シャドウ、準備はいいですか?」 「うむ、いつでもかまわぬぞ」 「ではまず第一陣を投入。後に第二陣、射出を」 「一陣、参ります」  鍋の中のボウルへ第一陣――生クリームを投入するのは花柄エプロン仕様のエンジェルナース。適量を見極めて停止。後ろへ控える二陣に合図を送る。 「射出します。総員御注意」  淡々と述べた薄紫エプロン式トルネードワルキューレのトルネードスペルが今回のミッションのメイン材料である製菓用チョコレートに直撃。滑走路代わりのまな板上をカタパルトの如く滑り、鍋に落ちる軌道で射出される。  その曲線に重なる位置へ。割烹着を着たシャドウガールが窓のサッシから跳躍した。 「変異抜刀、捻式居合」  いつに無く真剣に、飛来する黒板に向けて背の刀を閃かせる。 「―――シャドウスラッシュ!」  空中での交差。黒い板は細切れになり、そのまま鍋の中へ落ちていく。  唯一、鍋から外れそうになったひと欠片へ閃光。最小出力のバスターレーザーによって落下軌道を変えられた最後の一片もまた鍋の中へと消えた。 「……む」 「『魔弾』の異名は伊達じゃない、わ」 「……すまん」 「部下のフォローは隊長の仕事。さあ、しっかりいきましょう」  チョコが溶けたところでボールごと冷水につけ、ブランデーを加えながら混ぜていく。冷水の作成はアイスワルキューレ。ガードウィッチによりやや多目のブランデーが投入され、スピナーガールのカスタマイズされたビームヨーヨーによって見る間に掻き混ぜられていく。  とろみが出たら型にラップを敷き、そこへチョコを流し込む。表面をならしたら冷蔵庫へ。再度出番かと張り切り出したアイスワルキューレを縛り上げ(凍らせてどうするか馬鹿者、と隊長が一括)、待つこと数十分。  型から取りだしココアパウダーを振りかけて仕上げ。これにて。 「完成、です」  ほ、と安堵の息を吐きつつ言うと、囲んでいた皆からわっと歓声があがった。手を叩いて喜んでいる者、抱きあって飛んでいる者から、照れ笑いしつつ頬を掻いている者まで反応は様々。そんな彼女等を見て、コマンドガールの頬も思わずほころぶ。  この後ラッピングも控えているのだが、今はとりあえずこの余韻に浸っていたい。  定番とはいえハート型にした事が今更気恥ずかしく、なんと言い訳しながら渡そうかと思案を始めた時、声をかけられる。 「あの、隊長隊長」 「……?」 「何か文字入れませんか。クリームちょっと余りましたし」  純白のエプロンをかけたエンジェルレスキューの提案に、そうだな、と頷いて僅かに黙考。コマンダーの事を思い出し、深く考える必要はないかと余計な考えは捨てる。  きっと言葉が何であれ、私達の想いは伝わるであろうと。  コマンドガールの指示通りに文字を入れ、包装紙とリボンでラッピング。  コレで本当に完成だ。  夕刻、西日で茜に染まった居間の空気は若干の緊張を孕んでいる。  ラッピングされたチョコレートを囲んでコマンダーの帰りを待つ。  玄関の開く音がして、「ただいま」と帰宅を告げる声がする。存在しないハズの、心臓が高鳴る様な感覚。自然と頬が染まり、高揚していく感情。  足音が近づき、扉が開く。  今はただ、このチョコレートを贈るだけ。 『お帰りなさい、コマンダーっ!』 Over Moon  宇宙の彼方 月の向こうから愛を込めて―――