7、  レッドとブルーはGFコマンダーたちの輪から外れて、樹木の一枝に身を置いていた。少し目をそらせばガ ルダの修理をしているナースボーグたちと、それを取り囲む子供たちの姿が見える。  輪の中で交わされている言葉は小さすぎて届くことは無いが、ショウが一番多く口を開いていることは確認 できた。  枝に腰掛けて残った右足をだらしなく下げているレッドは、恐らく自分達の事情も話しているのだろうと思 いながら、ブルーに問いを投げる。 「ショウとパートナー契約をしたのか?」 「私の目的は貴様を連れ戻すことだ。デスフォースと戦う理由など無いのに、どうして契約する必要がある?」 木の幹に背を預け、腕組みをしながらブルーは答えた。レッドが気楽そうに「そりゃ仕事熱心なこった」と漏 らすように言うと、ブルーはやや語気を強めてみせる。 「簡易転移機はどこにやった?」 レッドが所属するエリート部隊は、転移機を使った作戦の実行部隊であった。しかし転移先では帰るための手 段が確立されていないため、もとの時代に転移先を固定した、ガチャボーグ2体を転移させられるだけの出力 を持った携帯型の装備が渡されているのだ。 「お守りだっていう法螺と一緒に、ショウに渡してある。おまえは巻き込まれただけなんだから、1人で帰っ  ていいぞ」 「ふざけるな」 ブルーはぴしゃりと言い放った。 「転移機の無断使用、警備隊への発砲、重要装備の譲渡…そこまでの重罪を犯してまで活動を続ける理由はな  んだ? 我々の世界では既に“災い”――デスブレンは存在している。地球でデスブレンを倒した所で、我  々の世界が救われることはないぞ?」 「それに長いあいだ別の時間・時空にいれば存在が否定されて消滅するって言うんだろ? そんなコト分かっ  てるよ。それでも転移機を使わなきゃいけなくってな」 「どうしてだ?」 問われて、レッドは視線を子供たちからブルーへと移した。口元には得意げな笑みが浮かんでいる。 「なに、カンタンさ。転移機が俺を巻き込んで起動すると、少なくとも“災い”がやってくるまでは使用不能  になるよう、細工しといたのさ」 「貴様…!」 ブルーは幹から背中を離し、レッドの方へ足を踏み出した。 「まぁ、お前まで巻き込んだのは悪かったよ。怒るのも無理ねえことだ。けどオレ、作戦の先発隊に入ってた  からさぁ、早いことやっとかないと昔のメガボーグに行く羽目になっちまう。どうせ1回きりの時間旅行な  ら、滅多に行けねえ地球の方がいいだろ?」 「そういうことで怒鳴っているのではない!」 ブルーはさらに一歩、前に踏み出した。 「過去の者は我々に“災い”を押し付けたのだ。次の世代は希望だの、可能性だのという聞こえのいい言葉と  一緒にな。ふざけた話だ。過去の者ばかりが豊かに生きたというのに、“災い”への責任を被るのは我々だ。  だから決めたのだろう? 未来には絶望しかないことを、奴らが希望と呼んだ我々の手によって思い知らせ  てやろうと!」 「65541議決か…転移機を使って昔のやつらを皆殺しにするとか言ってたが、お前らは災いが怖くてそん  なトチ狂ったことをしようってんだろ? けどな、それで殺される奴らにとっちゃ、俺たちこそが災いだぜ?」 「過去の世代は全てを未来に押し付け、のうのうと安寧を生きた。未来から報いを受けるのは当然だろう?」 レッドはいちど「へっ」と息を吐き出して嘲笑した。 「ウソ言えよ。お前らは“災い”にビビって、一瞬でも自分達をやられる方からやる方にしたいだけじゃねぇ  か。そんなもん俺は認めねえ。だから転移機を壊してやったのさ」 「では我々はどうなる! 報いを果たすこともできず、ただ“災い”に滅ぼされろというのか!」 「お前らは生きることを諦めた。自分達より後に世代はねえって、未来の奴らに詫びの一つも入れねえでそう  決めた。そんな奴ら、まとめて吹っ飛んじまえ」 ブルーは考えるより速く駆け出していた。右手にミライソードを発現させて、レッドの頭に斬撃を打ち込もう とする。  しかし、右腕に走った激痛がブルーの足を止めさせた。レッドのミライソードの切先が、ブルーの腕に埋ま っている。 「遅いんだよ」 ブルーが慌てて右腕を引き抜く間に、レッドの片翼が持ち上がり、触れている空間との干渉を開始する。  レッドの体はふわりと浮き上がり、ブルーと正対する位置にまで移動した。 「この…反逆者が!」 右手を押さえたまま放たれたブルーの恨み節に、レッドは低い声で返す。 「俺が転移機をダメにしようがしまいが、結果は変わらねえぞ? お前らの望み通り、死ななくてもいい過去  のやつらを巻き込むか、転移機が使えないままおとなしく“災い”に滅ぼされるかの違いってだけだ。どっ  ちにしろ、お前らに生きる気力なんざ残っちゃいないんだろ?」 正対したことで、視線の絡みはより強くなっている。手負いとはいえ、強力な力を持った者を目の前にして、 ブルーは自分が気おされていることを自覚した。 「だったら生きようとする者を巻き込まねえで、お前らだけで勝手に死んでろ!」 「くっ…」 ブルーは言い返す言葉が出てこなかった。レッドは不意に視線を逸らし、子供達の方を見やる。 「見てみろよ、あいつらを。あのガキ共はどんだけ追い込まれても、必至になってあがいてきやがった」 レッドとブルーの視界に、駆け寄ってくるマナの姿が映った。こちらに向かって手を大きく振り、修理の順番 が巡ってきたことを伝えている。  レッドは翼の出力を調整して子供達の方へ滑空する準備を整えると、振り返ってからブルーに言い渡す。 「俺達の世界とこの世界が繋がっていないとか、そんなことはどうでもいい。あいつらに共感しちまったのさ。  だから戦ってんだ」 飛び立っていくレッドの背を目にしながら、ブルーはひとり立ち尽くしていた。 8、  2日後、サハリ町全体をデスフォース反応が覆っていた。ガチャフォースの子供たちは連絡を取り合って町 中に散開し、それぞれ目の前の敵に対処している。  デスブレンがサハリ町全体にデスフォースを投入する物量戦に出たのはこれで2度目だが、今回の戦いで投 入されたデスフォースのボーグは前回よりも明らかに強力だった。今まで多くの戦いを経験してきた子供たち も苦戦を強いられ、誰ひとり他のメンバーを救援できずにいる。  もし子供たちが敗れてしまえば、デスブレンの地球破壊はなんの障害も無く進められてしまうだろう。しか し大人たちは何も知らないまま日常に追われることしかできない。  そんな様子を空から見下ろしつつ、ブルーはあるガチャボーグを探していた。イナリ山に生える切り株の上 にその姿を見つけたブルーは、はばたきを止めて滑るように高度を落としていった。 「何だ、テメェかよ」 上空から降りてきたブルーの姿を見るなり、ガルダは悪態をついた。 「ショウから、お前は強くなるために戦っていると聞いた。デスブレンが本腰を入れ始めた今こそが、絶好の  機会だと思うが?」 「テメェこそ、赤鎧は浮き上がるくらいしかできなかったハズだぜ? なんでまだ居座ってんだよ」 「フフ…お互い道に迷うもの同士か」 ブルーはガルダの隣りに降り立った。自分より遥かに武骨なガルダが自ら話を始めるとは思えず、ブルーは先 んじて口を割ることにした。 「私は目的を達成するためなら、命を投げ出してもいいと思っている」 「おう、気が合うじゃねえか」 「だけど、その目的は私自身が決めたものでは無かったんだ。新メガボーグ全体を包んでいた敵意、上からの  命令、隊への忠誠心。それらが混ざり合っただけのものを、私は何の疑いもなく自分の目的だと勘違いして、  そのために命を投げ出したこともある」 「……誰よりも強くなるってことはオレが決めたことだ。テメェみたいに他に流されたワケじゃねえ。メガボ  ーグで好き勝手に暴れてたころ、ダークナイトにズタボロにされてよ。あのとき心底強くなりてぇって思っ  た。ダークナイトがいなくなった今でも、それは変わってねぇ」 「ダークナイトの話は新メガボーグにも伝えられている。力を求めて闇に染まり、デスブレンの配下になった、  と」 「そいつは違う。たしかに強くなるためなら何でもやるやつだった。けどデスブレンに付いたのはオロチを守  るためで、力に溺れたからじゃねえ。結局は捨て駒にされちまったが、それでも命を捨ててGレッドのデー  タを取り返しやがった。あとのことをGレッドに託してな」 「……私も、そういうふうになりたいのだろうか。自分の意志で決めたことのために、生きるようになりたい  のだろうか」 「さぁな。…けど俺は行くぜ。あのとき誰より強くなるって決めちまったんだ。そのためだったら、群れるく  らいどうってことねぇ」 ガルダの中には確信があった。ショウと別れてからずっと心に雲を作っていた迷いが、ようやく晴れたのだっ た。 「じゃあな」 ガルダは飛び立つ。心の中には決意と、迷いを消してくれたブルーへのささやかな感謝があった。ガチャフォ ースに入るための飛翔をするときに、今までに数えるほどしか感じたことのない感謝の気持ちを持っていられ ることは、これから輪の中でうまくやっていけるだろうという安心感を与えていた。  ショウはぴくりとも動かず、高台からシマウマ通りを見下ろしていた。5メートルほど下に見える通りの一 角では、コウとGレッドがルビーナイトとサファイアナイトを相手に奮戦している。  2対1ではさすがに分が悪いと判断したコウ達はバーストを発動させ、Gクラッシュで2体のナイトを撃破 したが、直後に現れたビームガンナー、サイバーニンジャ、サイバーガールハイパーの3体に包囲されてしま った。  Gレッドのダメージが5割を超え、バーストが使用不可である以上、生存率は万に一つを割るだろう。しか し敗北が決まったライバルの姿さえも、ショウの網膜には像を結んでいなかった。  ショウは目を閉じて、こんなときにも穏やかに流れ続けている風の音に神経を集中した。聞こえてくるのは ビームガンナーが放ったのであろう大出力のビーム音と、それに焼かれるGレッドの装甲の音。  そして、真上から自分めがけて降ってくる、黒い翼の風切り音――! 「行くぞ、ガルダ」 目を開いたショウが、高台を一気に駆け下りていく。  走る自分を追いかけてくる風切り音がだんだんと大きくなっていくことを知覚しながら、ショウはライバル 達への咆哮をあげた。 「どうした! しっかりしろ!!」 9、  さらに2日後の正午。  工事現場の上空でブルーは東の街を見ていた。翼から発生する浮力と地球の重力を釣り合わせているため、 気まぐれに吹く風で前後左右に流されることはあっても、高度が変わってしまうことは無い。  視線の先にあるさばな町では、突如姿をあらわしたサイバーデスドラゴンと巨大化したガチャフォースのボ ーグたちが戦っている。一部の子供達を除いて誰も信じようとしなかった侵略者の存在は、初めて多くの大人 たちの知るところとなった。しかし未知の金属で構成されたガチャボーグに対して有効な攻撃手段はなく、今 はただ現実とは思えない光景を前にして、怯えていることしかできない。  おそらく大人たちにはサイバーデスドラゴンとガチャフォースのどちらが人間の味方なのか、確信を持って 言い切れるものは誰ひとりとしていないだろう。まして、ガチャフォースと共に戦っている子供たちがいるこ となど、想像することすら出来はしまい。  サイバーデスドラゴンの腹から膨大なエネルギーが放たれ、濁流となってビル群を砕いていく。  それをビルの屋上から飛び上がって回避したケイがミサイルを発射し、側転で逃れたビリーはリボルバーを 勢射する。リモートビームに付きまとわれていたレオパルドは、ジャックがジェルフィールドでビットを鈍ら せた隙に脱出し、主砲をありったけ放った。  当初は青天井だと思われていたサイバーデスドラゴンの耐久力も、徐々に落着の兆しを見せている。しかし ガチャフォースが受けた被害も軽いものではなかった。軽傷で済んでいるのはGレッド、ガルダ、ケイと、新 しく入ったばかりのデスウイング、後方にいるナオくらいのもので、ダメージが大きいボーグはビリーやレオ パルドのように早々に弾薬を使ってからナオのところへ後退している。  ブルーは心に絶望がよぎるのを感じとった。サイバーデスドラゴンの先ほどの一撃は悪あがきだろうから、 ほどなく倒すことはできるだろう。しかし今度は、これだけの損傷を受けた状態でデスブレンと戦わなくては ならない。デスブレンが襲来するまで多少の時間はあるだろうが、全機を万全な状態にできるほど長くはある まい。100%の力を発揮しても勝てる見込みが少ない現状において、大きな不安要素を背負うことになる。 そしてなにより、ブルーの世界の歴史において、地球は破壊されているのだ。 ――勝てるわけがない。  ブルーの中で何者かがつぶやいた。その声に意識の向かう先を引っ張られたブルーは、思わず声を発してい た。 「あきらめればいいのに…」 サイバーデスドラゴンに勝ってもデスブレンには勝てないのだ。ならば早いうちに諦めた方が楽じゃないか。 「未来の私たちが諦めたんだぞ。どうしてお前たちは諦めない? なぜ立ち向かうんだ…絶望しかないのに!」 ブルーの叫びをさらうように、強い風が吹き抜けていく。  高度は変わっていないはずなのに、ブルーは体がどこまでも沈み込んでいく感覚を覚えた。 「デスブレンをやっつけて、みんなを守るために決まってんだろ! 俺たちにしかできないんだぜ?」 突然背後から聞こえてきた声に反応して、ブルーは体ごと振り返った。 「Gレッドのパートナーの受け売りさ。まっすぐすぎてガキ臭ぇ」 そこには赤い鎧に大きな両翼――ビームウイングレッドの姿があった。 「だけど俺は共感した。“災い”と戦うことは、戦う力を残した俺たち警備隊にしかできねえ。力を持ってる  んだったら、過去のやつをののしる前に、目の前の絶望を全力でぶん殴る。そんな生き方に、オレは共感し  ちまったんだ」 言いながら、レッドはブルーの目を直視した。  迷いのない双眸を向けられたブルーは、金縛りにあったように体を硬直させる。 「なぁ、お前はどうなんだ?」 視線が絡み合ったまま放たれた問いに、ブルーはまだ答える術を持たなかった。 10、  サイバーデスドラゴンとの戦いから2日が過ぎていた。  隣町であれだけの騒ぎがあったのに、サハリ町は今日も穏やかな秋晴れに包まれていた。10月に入ってか らもう数日になるが、住宅街の路地ではまだ半そでを着た子供たちが我先にと走りながら下校している。  Gレッドのパートナーである獅子戸コウも多分に漏れず、シャツの長袖をめくりあげて家路を急いでいた。 「ただいま!」 やや乱暴に玄関のドアを引き開け、脱いだ靴は散らかしたまま足早に2階へと向かう。  コウが自室の扉を開くころになっても誰かの声が帰ってくることはなく、聞いていたとおり両親は出かけて いるようだった。 「Gレッド、みんなは?」 コウは机のふちから足を下ろして座っているGレッドに尋ねた。  机の上にある窓は数センチだけ開いており、Gレッドはサイバーデスドラゴン戦で負傷したボーグたちの様 子を伝えるため、ここからコウの部屋に入って待っていたのだ。 「ナースボーグたちが休まず治療を続けている。それぞれの詳しいダメージデータだが…」 Gレッドの言葉はそこでピンポンというベルの音にさえぎられた。  コウはあわただしく階段を駆け下り、玄関のドアを押し開く。 「オロチにブルーか! 早かったな!」 コウは「まあ入れよ」と続け、ドアを全開にした。  オロチとブルーは躊躇しながらドアを支えていたが、さっさと階段を上り終えたコウに上から 「何やってんだー?」 と促されると、ようやく家の中に足を踏み入れていった。  コウの部屋に入ってから、オロチは積み上げられた雑誌に目を奪われた。世話になっているうさぎの部屋は きれいに片付けられ、かわいらしくレイアウトされているので、こんなに無骨な物を目にすることはない。  しかもよく見れば同じ雑誌の同じ号がいくつもあるという奇妙さで、オロチはその一角から目を離せなくな っていた。 「―――といったところだ」 「えっ?」 Gレッドの声がようやく意識に認められ、オロチがそちらを向いた時には報告がすでに終わっていた。 「…聞いていなかったのかい?」 「あ…あぁ、すまない」 ばつが悪そうにオロチが返すと、コウが言葉を挟んでくる。 「気にすんなって。どうせショウが来たらもっかい話すんだしさ」 オロチたちがコウの家にやってきたのは、サイバーデスドラゴン戦で大きな怪我をしなかったボーグたちでト レーニングをするためだった。もちろん、トレーニングを行うのはコウの部屋ではなく、イナリ山だが。 「でもウチにオロチとショウが来るなんて信じらんねぇな」 片やデスブレンの手先、片や全ガチャボーグの敵だったコマンダーである。コウがそう思うのも無理からぬこ とだ。 「ホント、お前らと友達になれて良かったぜ」 そう言って笑顔を見せたコウから、オロチは視線をそらした。 「む…全てはデスブレンを倒してからだ」 オロチの中にはある感情が芽生えつつあった。それが土から顔を出すのは、彼女の言葉通りデスブレンを倒し てからになる。