5、 「うわああ! く、くるなー!」 五重の円が地表に描かれ、無機質な印象を強めている空間――さばな町のデスゾーンにタマの叫びが響 いた。  彼が使役するデスアークの主砲が接近してくるデスボーグ・ラムダの頭を粉砕し、先ほどまで20体 以上いたデスボーグたちは全滅した。それでもタマが怯えた表情を崩さないのは、主砲発射とほぼ同時 に赤い瞳の少女が姿を見せたせいである。 「ようやく追いついた…」 タマは笑みを浮かべた少女に視線を貼り付けたまま、一歩二歩と後退していく。 「デスフォースに刃向かう者には死を…まさかデスコマンダーのお前が知らないはずはあるまい?」 「う…うぅ…」 タマの思考が恐怖に満たされていく。ほどなく飽和を迎えた精神は正常性を失い、ストレスの源である オロチを排除しようと、デスアークに主砲発射を命令した。  デスアークの主砲に光が宿り、束となってオロチの眉間へと疾駆する。人間の頭などたやすく貫通で きるエネルギーをもったビームを前にしてもオロチは動かなかった。それは目の前に割り込んできた巨 大な影がビームを受け止めてくれることを知っていたからである。影は正面から主砲を浴びたが、被害 は軽微なものだった。 「ご苦労、アンタレス」 落ち着いた声で少女が言うと、アンタレスは上昇してオロチの視界から外れた。 「アンタレス、αウイングを出せ」 アンタレスの上部についているハッチが開き、ならんで発進した4機のαウイングが母艦の上空で旋回 を始める。 「い、いやだー! やめろー!」 オロチの意図を読み取ったタマがしりもちをつきながら悲鳴を上げる。しかしオロチの赤い瞳は揺らぐ ことなくターゲットを見据えたままだ。 「やれ」 短い言葉をうけて、αウイングが一斉にタマめがけて動き出した。同時にアンタレスも主砲を放ってい る。  タマはデスアークに命じて主砲を受け止めさせ、さらに全砲門を開いてαウイングを狙ったが、撃ち 落とせたのは1機にだけにとどまった。  3機のαウイングはデスアークを突破し、タマへの射線を確保した。今からデスアークを旋回させて 撃ち落とそうにも間に合わない。 (これでデスブレン様もお喜びになる……) タマの死が確定したことに達成感を覚え、オロチがわずかに笑みを浮かべたときだった。上空から降り 注いだ2連装のビームが、全てのαウイングを貫いた。 「誰だ!?」 表情をもどしたオロチが上に目をやると、2枚の翼を広げた赤いガチャボーグがこちらに銃口を向けた まま降下してくるのが見えた。オロチが次の行動をとるよりも早く、その銃口から強力なビームが発射 され、直撃を受けたアンタレスの上部ハッチは潰されて使用不能になる。 (データにないボーグだと…!) オロチは内心で舌打ちした。タマのデスアークに対抗するためにアンタレスを連れて来たのであって、 高機動型ボーグとの戦闘は想定していなかった。対抗策であるαウイングは既に使えず、そのうえ相手 の力は未知数である。  『撤退』の二文字がオロチの頭をよぎる。損害を抑えるためには最適の手段だ。しかしオロチは頭を 振ってかたくなに拒絶した。ガチャフォースを倒すどころか裏切り者の始末さえ満足にできないようで はデスブレンから見放されてしまうかもしれない。そうなれば、どこにも居場所がなくなってしまう。 (いやだ……それだけは!)  タマの前に下りてきたレッドは、銃口をアンタレスに向けたまま背中ごしに声をかけた。 「もうここまで来てたのか。いい逃げ足してんなぁ」 アンタレスに残された武装は主砲のみで、レッドが狙われてもたやすく回避でき、タマはデスアークに 盾になってもらえば問題ない。それでもレッドが銃口を下ろさないのは、命令役の少女がうつむいたま ま動かないでいるせいだ。 「タマ、あいつはまだ隠し球を持ってる。ココは俺に任せて、早いとこショウと合流しろ」 「わ、わかったよ!」 タマは慌てて立ち上がると、デスゾーンの出口に向かって一目散に走り出した。タマの足音がデスゾー ンに響き始める。オロチが顔を上げて吊りあがった目を見せたのはその時だった。 「次の作戦まで温存するつもりだったが…もう手加減はしない! デスウイング、デーモンウイング!  裏切り者を制裁しろ!」 吠えるような声にあわせて、オロチの左右に死神の姿をしたボーグが出現する。  今度はレッドが舌打ちをする番だった。タマはデスアークに戦闘命令を下したまま去っていったので、 少なくともアンタレス相手には優位に戦うことができた。しかしオロチとパートナー契約をしている2 体の死神に出てこられては、自分の技量でも厳しいだろう。 「デスアーク、お前は適当なトコでタマを追え。お前とタマはセットじゃないと、逃がした意味が無い  んでな」 デスアークに心があれば、自分を逃がすためにレッドが犠牲になることを理解し、命令に抵抗しただろ う。だがデスアークは駆動音をわずかに高鳴らせて命令の了解を伝えてくるのみだった。  レッドは何の抵抗もなく自分の決意を受け入れてくれたことに嬉しさを覚えながら、3体並んで滞空 するデスフォースたちへと羽ばたいて行った。 6、  デスアークが離脱してから5分が経とうとしていた。レッドは床に伏せた姿勢のまま自分の損傷状況 を確認している。  付け根の近くから切断された左翼はもう使い物にならない。左足も失っていて、地面に足を付けて戦 うことも難しい。残った右翼を使えば、バランスをとりつつゆっくりと浮くことくらいはできそうだっ たが、敵の攻撃をかわすことは不可能だ。 「万事休す、か」 レッドは誰にも聞こえない小さな声で言った。  デーモンウイングを倒し、アンタレスの主砲を1つ残して使用不能にしたまでは良かったが、残りの 主砲に左足を吹き飛ばされ、その隙にデスウイングの斬撃をツバサに受けてしまった。 「やれやれ、エリート警備隊の名が泣くな…」 もう一度小さな声で言って、レッドは目を閉じた。 (たった1体にここまでやられるとは……) オロチの中にはタマを逃がしてしまっていることへの焦りと、レッドの戦績に対するおどろきがあった。  タマがデスゾーンを去ってからもう10分近くが過ぎている。タマが自分で考えたとは思えないほど 計画的な脱走であったことから、おそらく目の前にいる赤いウイングボーグが手引きをしたのだろう。 タマは既にガチャフォースと合流している可能性か高い。まともに動くボーグがデスウイング1体しか 残っていない以上、タマを追ってしまえば今度こそ取り返しのつかない損害を負ってしまう。 (ならば、せめてこいつを確保しておくか) 戦闘力、行動力、知能の全てにおいて他のガチャボーグとは一線を画している。デスブレンのデータバ ンクにも記録が無いことにわずかな不安要素はあるが、洗脳を施してデスフォースの一員とすればデー モンウイングの抜けた穴を十二分に埋めてくれるだろう。 「デスウイング、奴のデータクリスタルを引きずり出せ」 オロチが言うと、デスウイングは鎌を振り上げながらレッドに突進していった。  自分のデータクリスタルが奪われることが何を意味するのか、レッドには理解できていた。せっかく タマとデスアークを逃がしたのに自分が捕まってデスフォースの戦力になっては意味がない。  レッドはデスウイングが羽ばたく音を聞きながら、左腕のビーム砲にデータクリスタルからあるデー タを送信した。それを受け取ったビーム砲の中で、音も立てずにセキュリティが解除される。レッド自 身のエネルギーをビーム砲の内部に集め、爆発を起こすシステム――簡単に言えば自爆装置である。こ れをデスウイングが近づいた時に発動させてやれば道連れにできる。レッドは新メガボーグで訓練を受 けているときと同じ冷静さで、そのときを待った。  地球にやってきてからまだたったの2日だが、ショウと話を交わしたり、ガチャフォースの子供たち の戦いを見て、レッドの中には子供たちへの強い共感が生まれていた。子供たちがデスブレンに打ち勝 つことが自分の願いであり、そのためなら命を投げうってもいいと思うことができる。 「結局、オレも新メガボーグの一員か……」 つぶやいたレッドの眼前で、デスウイングが鎌を振り下ろそうとしていた。この一撃はまだビーム砲が 残っている左腕を狙ったものだ。  チャンスは鎌が自分の腕に触れ、デスウイングの体が最も近づいたとき。レッドにはデスウイングの 鎌の動きがコマ送りのように見えていた。ゆっくりと近づいてくる切っ先を凝視しながら、自分にまだ 早い、まだ早いと言い聞かせる。  あと4コマ、あと3コマ、あと2コマ…。  そしてあと1コマのカウントダウンをしたとき、レッドの視界から鎌の切っ先が消失した。かわりに 爆発の衝撃波が頭上から襲い掛かってきて、レッドは開ききっていた目をすばやく閉じた。 「もう一撃だ、Gレッド!」 まっくらな世界の中で足先の方から叫び声が聞こえた。直後にもういちど頭上から衝撃波が降ってきて、 レッドは目を閉じたままその波に耐えるしかなかった。 「ガチャフォースだと!?」 今度はオロチの声だ。 「デスアークの反応があったので来てみたが…まさか仲間割れをしているとは」 「ああ、ホント驚いたぜ。タマがいきなり助けてくれなんて言うんだもんな」 聞きなれないガチャボーグの声に、先ほど叫んでいた少年の声が続いた。  レッドは衝撃波がもう来ないことを確かめながら、ゆっくりと目を開いていく。まず映ったのは鎌を 失って地面に仰向けになったまま動かないデスウイング。その少し上に目をやると、狼狽しているオロ チと砲塔を1つだけ残したアンタレスの姿がある。  目では確認できないが、足音から察するに後ろにはGFコマンダーが4人いるはずだ。当然パートナ ーであるボーグも4体いるはずだが、レッドはそのなかに聞き覚えのある駆動音を見つけた。 「レッドー! 助けに来たよぉー!」 デスアークとタマである。レッドは意外な助っ人に苦笑しつつ、言葉を返した。 「足が早過ぎんだよ、お前は。あと2秒あったらオレが全部やってたのにさ!」 「何いってるの! あなた怪我してるじゃない!」 叫んだのは人間の女の子だ。続いてさっきとは別の男の子が、優しい口調で話しを始める。 「ねぇオロチ、これ以上戦っても君が損をするだけだよ。今は退いてもらえないかな?」 デーモンウイング、デスウイングが倒され、残った戦力は主砲一門のアンタレスのみ。どれほどうまく 立ち回ったところで、全滅は目に見えている。  オロチは奥歯をぎりっと鳴らして、GFコマンダーたちを睨みつけた。 「このまま逃げ帰れば…私はデスブレン様から捨てられる! 私がデスフォースであるために、引くこ  となどできない!」 アンタレスの主砲に火が入り、デスゾーンに緊張が戻る。しかしレッドは意にも介さぬ口調でオロチに 向かって言い放った。 「何いってんだよ。あんただってタマとおんなじさ。もともと居るべきだったのはガチャフォースの方  だろう?」 オロチの目が大きく開かれた。既に発射態勢に入っているアンタレスに命令することも忘れ、焦点の合 わない視線をただ空中に投げている。 「そうだぜ、オロチ! 俺とGレッドはお前が普通の女の子だって知ってる! お前のパートナーだっ  たダークナイトだって…」 「私を惑わすなあッ!!」 コウの言葉はオロチの絶叫にさえぎられた。オロチの目にはコウのとなりにバスケットのユニフォーム を着て並んでいる少女と、そのかたわらに寄り添う小さな黒い影が映っていた。 「私はデスコマンダーのオロチだ! 私はお前なんかじゃない! アンタレス、あいつを撃てぇッ!!」 そう言ってオロチが指を向けたのは、コウの隣りのだれもいない空間だった。命令を受けたアンタレス は最も近くにいたコウに照準を補正して、主砲を発射した。 「ちぇいさぁぁぁ!!」 オロチが指を突き出すのと同時に主砲の射線上に割り込んでいたGレッドが、背中のバーニアを全開に してGクラッシュを主砲の鼻先に叩き込んだ。主砲の光はプラズマブレードの切っ先からGクラッシュ のオーラに沿って拡散していき、子供たちに届くことなく消滅を迎える。 「なんてことするんだ…」 オロチの方に背を向け、マナに覆い被さるようにしていたカケルが体を起こしながら言った。かたく目 を閉じ、頭を抱え込んでいるマナにも自分にも怪我がないことを確認してから、オロチに向かって振り 返る。  カケルはオロチがまだ戦闘を続けようというのなら、友達であるコウを狙われた以上、一切の容赦を せずに戦うことを決意していた。  だが、視線を移し終えたカケルのひとこと目は「いない…?」だった。デーモンウイングの残骸だけ を残して、オロチはこつぜんと姿を消していたのだった。  オロチはデスゾーンの奥へ走りつづけていた。アンタレスが主砲を撃った瞬間、ユニフォームを着た 女の子がコウの前に立ちふさがり、両手を広げて彼を守ってみせた。それだけでなく、飛び出してきた Gレッドに黒い影が重なったこともはっきりと見えていたのである。  それは彼らが自分を救える存在であるということを無意識に自覚してのことだったが、今のオロチに とっては惑わしでしかなかった。自分は誰なのか、自分はどこに居るべきなのか。迷い人のオロチは、 かつてリンであったころの記憶にたどり着くまで、走り続けることしかできなかった。