14、  東の空が、わずかに明るくなり始めていた。次第に風も強くなり、木々の枝が大きく揺れ動く。時が 経つにつれて大きくなっていくイナリ山のざわめきに引かれて、ガチャフォースメンバーの心中にも波 風が立ち始めていた。 「いよいよ来るのか…」 呟いたのはGレッドだ。これまで強い意志を持ってデスフォースと戦い続けてきたが、できるなら二度 と戦いたくないという思いも、心のどこかにあった。メガボーグを脱出するガチャボックスの中で見た、 故郷が砕かれていく映像が、今もデータクリスタルの中に焼きついているせいだろう。  一段とおおきく、風がうなった。それは五感を持つ生身の人間だけでなく、機会生命体であるはずの Gレッドにも不安をあおる存在として感知されたが、Gレッドがそれに従って心を乱すようなことはな い。  今のGレッドには、多くの支えがある。散っていったメガボーグの戦友たちの想い、ダークナイトが 託したオロチへの想い、そしてなにより今まであきらめずに戦い抜いてきたガチャフォースメンバーた ちが、自分の隣にいてくれるのだ。 (そうだ、私は戦える…!) 強固な確信が胸に宿り、Gレッドは決意をおびた視線を中空へと移した。  先ほどまで強く吹いていた風は、奇妙なくらいに凪いでいる。空は、まだ星の明かりが見えてもおか しくないほどの闇に染まっているが、緑色の双眸は砂粒のように浮かぶ破壊者の姿を見逃さなかった。 「デスブレンだ!」 Gレッドの叫びに反応して、ガチャフォースメンバーたちが一斉に空を仰ぐ。彼らがあまりに小さいデ スブレンの姿を探すのに苦労したのは一瞬のことで、巨大な脳を搭載した十字型の空母は、またたく間 に空の半分を埋め尽くす大きさにまで巨大化した。  絶大な敵に対して、GFコマンダー達はちっぽけな人間の、それも子供の体しか持ち合わせていない。 本能的な恐怖に支配され、パートナーに勇気を与えることなどできない状態に追い込まれてもおかしく なかったが、子供たちが勇気の灯火を曇らせることはなかった。 「デスブレンは予想よりも高い位置で停滞しています。展開したシールドの上からさらにブーストジャ  ンプを使っても、デスブレンの上を取ることはできないでしょう。作戦はプランBでいきます」 不測の事態にも、ユージは素早く的確な指示を飛ばしていく。  先発隊に選ばれていたGレッド・ガルダ・デスウイングは予定通り、3体そろってイナリ山の切り株 の上に並んだ。その足元に、4体のシールドウィッチが協力して作り上げた1枚の大きなシールドが展 開される。シールドはGレッドたちを乗せたまま急上昇を行いつつ、空を覆いつくすほどの大きさにま で広がっていった。  シールドの拡大に合わせて、先発隊のボーグたちも巨大化を始めていた。シールドの高度が限界に達 し、上昇をやめたときには数十キロもの身長を有すまでになっており、デスブレンに対抗しうる戦力と して、十分な資格を得たといえる。 「全力でいくぞ!」「勝つ!」 ショウとオロチが叫び、ガルダとデスウイングは一気に高度を上げてデスブレンの頭上を取った。  ただひとりシールドの上に残ったGレッドは、いちど上方を見上げた。シールドとデスブレンとの間 には、かなりの距離がある。ユージが言ったとおり、ブーストを全て使ってもデスブレンの上にのぼる ことはできないだろう。ならば下側の砲台を壊すことに専念しようと心に決めたGレッドは、飛び交い はじめた怪光線の光を回避しながら、ビームガトリングのトリガーを引いた。 15、  デスブレンのバリアが最初に破られたのは、戦闘開始から3分ほど、デスウイングの攻撃によっての ことだった。バリアが解除されていたのはほんの数秒だったが、ガルダが抜け目なくファイアーボムを 撃ち込んだため、デスブレンは早くも手傷を負ったことになる。 「やったあ!」 最年少のコタローがまっさきに歓声を上げた。それに続いて、自分たちは勝てるという思いが、ガチャ フォースメンバーの中でふくらんでいく。  しかし今の一撃は、まだどこかでガチャフォースを甘く見ていたデスブレンの意識を急激に引き締め る効果を生じていた。その証拠に、デスブレンは過去のデータからデスウイングの情報を洗い出し、行 動パターンを計算すると、上面にある砲台の照準を、すべてデスウイングに向けてみせたのだ。  オロチはデスブレンの変化を敏感に感じ取っていた。デスウイングに攻撃を集中させたのは、行動デ ータが数多くそろっているデスウイングなら、落とすことに苦労しないだろうとデスブレンが判断した せいだろう。オロチにとっては望むところの展開だった。  デスフォースを抜け、コウ達と時間をともにしてきた自分は、デスブレンが知っていた頃の自分とは 別のものであるはずだ。ここでデスブレンに動きを読まれ、被弾するようなことがなければ、それを現 実に証明することができる。 「おまえに勝って、私の記憶を取り戻してみせる!」 咆哮して、オロチはデスウイングを急速前進させた。デスウイングの後方を、嵐のように降り注ぐ怪光 線がかすめていく。しかし直撃するものは一つとしてなく、デスウイングはデスブレンのバリアに死神 の鎌を叩き込むことに成功した。 (ここでいったん離れて、回避行動に…) と、オロチは考え、デスウイングが後方にステップしたときだった。デスウイングの足元に何かの塊が 飛来して、脚部付近に到達すると、膨大な熱量の爆発が起こったのである。  避けきれず、爆風に飲まれてしまったデスウイングは、何の痕跡も残すことなく消え失せていた。 「何だ、今のは!?」 狼狽の声を上げるオロチに、ユージが答える。 「αウイングにファイナルミサイルを積み込んで、体当たりさせたんです」 とてつもない物を用意してくれたものだと、ユージは心中に吐いた。ミサイルを搭載したαウイングは、 さすがに数は多くないだろう。しかし通常のαウイングをダミーとして運用すれば、厄介な事この上な い。  そしてデスブレンはユージの考えるとおり、数十機のαウイングを出撃させたのであった。 「くそっ、これでは…!」 浮遊するαウイングに囲まれたGレッドは、体中に流れた危機感によって、わずかに意識を硬直させた。 デスブレンはビームガトリングの音が途切れたことを抜け目なく聞きつけると、本体である巨大な脳か ら、Gレッドに向かって氷塊を投げつけた。  怪光線などのビーム攻撃とはちがって弾速の遅い攻撃ではあったが、縦横無尽に飛び回っているαウ イングのひとつひとつに気を取らなければいけない今の状況では、うかつな回避行動は行えない。  氷塊に気づくことに一瞬遅れてしまったGレッドは、回避先の計算に時間を取られてしまい、完全に 回避しきれずにビームガトリングの先端を氷塊にかすめてしまった。  通常なら氷塊の大質量によって手中から弾き飛ばされているはずのビームガトリングは、それでもG レッドの手のひらに収まっていたが、それは幸運ではなかった。氷塊に触れたビームガトリングの先端 から、氷結が急激に進行していたのである。  Gレッドは思わずビームガトリングを投げ捨て、それは足下のバリアに硬質な音を立てる。すると、 付近を飛行していたαウイングのうち2体が、待ちわびていたかのように銃に向かって突進をかけた。  Gレッドはブースターを最大限に吹かすことで2体のαウイングが起こした死の爆風からかろうじて 逃れたが、もし氷塊に気づくことか回避先の計算のどちらかがコンマ数秒でも遅れていれば、全身を凍 りつかせたまま爆風の餌食になっていたことは確実であった。 (くっ…! 援軍はまだなのか!?) ビームガトリングを失った右手に背中から抜いたブレードを握りつつ、Gレッドは祈りに近い感情で絶 大な敵を見上げた。