1、  メガボーグ大戦から遥かな月日が流れ、かつて惑星メガボーグがあった宙域には新たな星が築かれていた。 星の大部分は都市であり、様々な色の金属でつくられた建物が地表を覆っている。その光景を遠目に見れば まるでステンドグラスのようだ。街並みがこれほど過剰に栄華を映しだしているのは、過去“災い"によって 故郷を砕かれたガチャボーグたちの思いがこめられているせいかもしれない。  この星――新メガボーグに住んでいるガチャボーグたちは、治安維持などに関わるボーグを除いて、長く平 和な月日を過ごしてきたことで戦闘能力を失っている。にもかかわらず、最近は新メガボーグ全体を治めてい る委員会庁舎前の広場に群れをつくり、毎日のように大声を張り上げていた。その声の内容はある者たちへの 敵意を形にしたものだが、今や誰一人としてその敵意を間違ったものではないかと疑うことは無い。  そして肥大化した敵意は委員会にある決定を下させることになる。 「13対0の満場一致で、65541号は可決とする」 委員長の声が議場に響くと、出席者、傍聴者から拍手の渦が起こった。ある者は感激のせいか泣き崩れ、ある 者は憎悪の表情を隠すそぶりすら見せない。  誰もが望んだその議決は、よほどの奇跡が起きない限り新メガボーグで最後の議決になるだろう。旧メガボ ーグ、地球をはじめとする数々の惑星を破壊した“災い”――デスブレンが戻ってくるのは、そう遠い未来で はないのだから。 『ウイングブルー小隊は通路の防衛に当たれ。侵入は………だ。各…ただち……』 通信機から流れる指揮官の声にノイズが混じった。どうやら侵入者はコントロールシステムまで押さえている らしい。 「なんて手際の良さだ」 小隊長がぼやいた。コントロールを奪われたなら、増援はどこかで足止めされているだろう。最終防衛線であ るこの一直線の通路を守るのは我々6名しかいない。 「来たぞ!」 「3名ずつ前後に分かれて仕留めろ! 突破を許すな!」 同僚の声に小隊長の叫びが重なり、後衛に配置された私は左腕に装備されたツインビーム砲を構えた。通路の 先から赤い鎧を着けたボーグが飛行体制のまま突撃してくるのが見える。 「撃てぇ!」 前衛が一斉に放ったビームが侵入者に殺到する。しかし、飛行体制を解除した侵入者が放ったビームの方が出 力面で遥かに上回っていた。たった一条のビームに前衛の攻撃はかき消され、侵入者が直後に連射したツイン ビームによって、前衛の3名はあっけなく行動不能にされる。  再び飛行体制をとり速度を上げた侵入者に対して、小隊長は私を含む2名を援護に残し、格闘戦を仕掛けた。 相打ち覚悟の行動であったが、もし小隊長を避けるために侵入者がコースを変えるならば、後方に残った2名 のどちらかが侵入者の前に入って進路をふさぐことは容易である。  この考えは現実のものとなり、私は進路を変えた侵入者の前に立ちふさがった。奴には飛行体制を解除する 暇も、もう一度進路を変える暇も無い。私は侵入者が前方に突き出しているミライソードに腹を貫かれるだろ うが、私の体重分だけ奴の動きは遅くなる。そこを小隊長と同僚が狙撃すれば、目的は達成だ。  ミライソードの切先が迫ってくる。この速度と位置で衝突すれば、間違いなく私のデータクリスタルは貫か れるだろう。だけど構わない。我々の絶望と希望を、破壊させはしない。  ところが侵入者はミライソードを消滅させ、空いた両腕で私を押しやりながら進み続けた。愚行だ、と心中 につぶやいた。私が消滅しなかっただけで、侵入者の速度が落ちたことに変わりはない。私の目には既に小隊 長と同僚が放ったビームの光が映っていた。 (これで終わりだな) そう思ったとき、圧倒的な光が後方から発生した。私と侵入者を包んだ光はビームの光などたやすく打ち消し て、さらに輝きを強めていく。いつのまにか侵入者の姿は見えなくなり、続いて激流に流される感覚が体中を 支配した。  柔らかいのか硬いのか、はっきりしない感触が背中にある。おそらく私は仰向けに倒れているのだろうと推 察することはできたが、そんなことよりもデータクリスタルで再生され続けている記憶に対しての屈辱的な思 いの方が何倍も強かった。侵入者の突破を許しただけでなく、防衛目標であった転移機の発動まで許してしま った。並ぶものが無いほどの失態だ。   だが、私が転移機の光に巻き込まれたことは僥倖だ。私をこの地に追いやった者…警備隊の中でも特に優れ たものに与えられる赤い鎧をまとったボーグは、おそらく近くにいる。この手で確保して連行できたなら、失 態は帳消しにできる。だから倒れている場合ではないのだ。  私はゆっくりと立ち上がった。目の前に茂る緑のあいだから、鮮やかな青色が見える。足元に目を転じれば、 黒や緑の混じったこげ茶色だ。私はどうやら、どこかの木の上にいるらしい。一度おおきく翼を広げたあと、 地を蹴って飛翔する。体は緑の隙間を抜け、広大な空間に出た。 「これが地球か…」 我々の10倍以上の体を持つ人間が支配する星である、という知識をデータクリスタルから引き出す間に、両 翼を羽ばたかせた生物が視界を横切っていく。私の翼は触れた空間に干渉することで浮力と推進力を得るため 翼を広げられるスペースさえあれば飛行が可能だが、広大な空間を持つこの星では羽ばたいて飛ぶことすら許 されるらしい。  私は翼を大きく動かして、高度を上げていった。地面一帯に広がる緑と、青と白が混じる空模様。この美し い星が、かつて“災い”に砕かれたという。確かにこの景色を見れば、赤い鎧がデスブレンへの反逆を企てた 感情も理解できる。しかしたった一人で遥か過去の地球に戻り“災い”を滅ぼすなど、バカげた話だ。我々が 新メガボーグで“災い”の到来に絶望し、倒すことをあきらめたのは、例え警備隊全員でかかっても倒せぬ相 手だからだ。そんな相手を一体どうやって倒そうというのか…。 「何だ、テメェは!」 急に向けられた声に反応して、私は翼を止めて滞空した。間をおかず、声がした方向に視線を動かす。そこに は最悪の状況が待っていた。