5−1、  8月5日。コウとGレッドはイナリ山にいた。  それぞれ草と切り株の上に立って何かの練習をしている。 「くっ…!」  Gレッドがうめくような声をあげると、全身にまとっている金色の光がプラズマブレードの先端に集 まり始める。しかし5秒と保つことはできずに、光は拡散して静かな山の空気に溶けていった。  それが完全に見えなくなったころ、2人は揃ってあおむけに倒れる。 「くそー…またやり直しか」 コウが空に向ってぼやく。 「すまないコウ。バーストを1日に何度も使わせてしまって…」 Gレッドは申し訳なさそうだが、コウは相変わらずの声で「気にすんなって。しばらく休めば平気なん だしさ」とパートナーを気遣った。 「コウ、大丈夫?」 頭の上の方から視界に割り込んできたのはうさぎだ。コウは頭をぶつけないように注意しながら上半身 を起こし、振り返る。 「なんとかな。リンはどうしてた?」 「部活に来てたよ。でも何だか…いつもよりもっと真剣だった」 「話さなかったのか?」 「なんだか辛そうに見えたから…私が話すのは良くないよ」 「何でだ?」 「どうしても」 もう慣れてはいるのだが、それでもコウの鈍さには辟易する。 「大体、ショウに頼まれたのはコウでしょ? バーストの練習も大切だけど、行ってあげたら?」 うさぎの語気は鋭くなっていた。 「昨日リンの家には行ったんだけどさ、インターホンで具合が悪いって言ってた」 「…そうなんだ」  うさぎがバスケット部の生徒に聞いた話では、リンは一日たりとも練習を休んでいないという。具合が 悪いと言ったのは、コウに会いたくなくて嘘をついたのだろう。  うさぎは湧き上がってきた感情に戸惑い、コウから目をそらした。仲間であるリンに何かあったのでは ないかという心配よりも、恋敵がコウを避けていることへの嬉しさが上回っていたのだ。  コウはうさぎの様子から心情を読み取ることは無く、言葉を続ける。 「でも約束はしてきたんだ。Gレッドが治ったから、今度こそGブラックを倒してやるって」  コウはGブラックが大切な仲間たちを傷つけるから戦っている。リンはその内の一人であって、リンの ためだけにGブラックを倒そうとしているわけではない。それでも、まるでリンの為だけに倒すのだと 聞こえてしまう。  無垢に生きることができたうさぎにとって、心の中に渦巻いた感情は汚くて嫌悪感を覚えるものだった。 それは恋心がさせていることなのだろう。コウへの綺麗な感情が、自分の中に眠る汚い感情を引き出していく。 それは好きな人に綺麗な感情で接したい、またそういった感情で接しなければ嫌われてしまうと信じて いる少女を、少年から遠ざけるには十分な理由だった。 5−2、 「少しだけ思い出したからだ。オロチは私の本当の名前じゃない。デスブレンに奪われた私の名前と  記憶を取り戻したい…」 ――こうしてガチャフォースの一員となったとき、Gレッドは言ってきた。私たちは君の本当の名前 を知っている、と。 「私は自分の力で記憶を取りもどしたい。それまではオロチとして一緒に戦おう」 ――どうしてこんなことを言ってしまったのだろう。このときに全てを聞いておけば良かったのに。  デスブレンを倒して空からGレッドたちが降りてくると、コウはリンから手を離してパートナーを迎 えに行った。その瞬間、リンの体の奥底から叫びが上がる。意識のコントロールが及ばない場所から湧 き上がるその情動は、コウのことを好きだという自覚を逆らえないほど強い力で迫るものだった。続い て心音が高鳴っていき、胸に苦しさを感じるようになる。だがリンにとって、それは開放感に似ていた。 タガによって押さえつけられていた人間らしい感情が、一気に爆発したような感覚だった。リンは走っ ていくコウの背中を見つめながら、速くなっていく鼓動の心地よさに身をまかせることにした。  夜明け前の薄闇の中、ガチャボーグたちは次々に降りてきてパートナーのところへ戻っていく。だが 降りてくるガチャボーグたちに向かって、リンは自分がいつまでも走り出さないことに疑問を感じた。 大切なパートナーがいたはずなのに、足は動かない。  背中に冷たい汗が流れていく。リンは降りてくるガチャボーグたちに目をやって、必死に黒い騎士の 姿を探した。 ――だけどいない。どこにもいない。  必死に記憶をたどって、彼と最後に関わったときのことを思い出す。そうして出てきたのは、デスウ イングを受け取るときのデスブレンの言葉だった。 “ダークナイトはデスベースの防衛に失敗した”  足の力が抜けて、膝が地面に触れる。 「ダークナイト…私、あなたのことを…」  涙があふれてくる。  ダークナイトのことを忘れていた。  ダークナイトの死を気にも留めず戦い続けた。  デスブレンからデスウイングを受け取っても、何の疑問を持つこともなかった。 「ごめんなさい…ごめんなさい…」  サハリ町を照らし始めた朝日の中で、リンは泣き続けた。  目が覚めると、2年後の自分の部屋だった。カーテン越しに朝日が漏れてくるにはまだ早く、常夜灯 の光が空間を優しく照らしている。  リンは起き上がることも寝返りを打つこともせずに、ただ天井の仄かな光にうつろな視線を投げていた。  悪い夢を見るのは珍しいことではない。だが、今の夢はデスゾーンではない。Gブラックの能力では なく、自分の意思で見た夢だ。  思い出した悲しみと激しい後悔が心にあふれ、涙となって流れ出す。たとえコウがGブラックを倒し  たとしても、決して消えないこの痛みを、この悲しみを背負ったまま生きていかなくてはならないのか。  だったら、私は――。