4−1、 8月4日の早朝、ユージの部屋。 畳張り4畳半の片隅に、たたまれた2つの布団がきれいに重ねてある。 それに背を預けるようにして、ショウは携帯電話でマナとやりとりをしていた。 やりとりとはいっても、ショウは「ヴラドの容態は?」の一言を口にしただけで、 それについて聞き終わるとすぐに通話を切って携帯を折りたたんだ。 電話の向こうでマナが気を悪くしたかもしれないとは思ったが、電話という1対1の対話しか実現させない 物で長々と話をすることは苦手だ。 携帯をズボンのポケットに入れつついつもの無愛想な声色で、畳の上に寝転がっているユージに報告する。 「Gレッドほどの傷はないが、自分のエネルギーもシャドーブリンガーに供給していたことで、  内部エネルギーがほとんど無くなっていたらしい。  ボディの処置のあと、データクリスタルに戻して自己回復を待つそうだ」 ユージは転がったまま、言葉を挟んでこない。 ショウがまだ何かを言うだろうと思っているようだ。 「それから…やはりデータクリスタルは無傷だ」 その言葉を聞くと、堰を切ったようにユージが言葉をつむぎ始める。 よどみなく流れていく言葉からは、彼が何らかの回答を見つけたことを察せられた。 「Gブラックは強さを求めていると言っていたそうですね。  だけどGレッド、ヴラド共にデータクリスタルに傷一つない。  Gレッドにはバーストがコントロール可能であることを伝えているようですし、ヴラドが新たな  力を見せるまでデータクリスタルを攻撃しなかったのは…」 「俺たちの力を引き出そうとしている?」 ユージは仰向けのまま頷いた。 「そう考えていいでしょう。その上で我々を倒すことがGブラックの望みだと思います」 「強さを求めているのはガルダと同じだが、やり方は逆だな」 暴力で相手を叩きのめせば相手よりも強いという証明になるというのがガルダの考え方だ。 だから自分の手の内を明かすこともしないし、まして相手の成長を待つようなことは無い。 それに比べれば、Gブラックのやり方はずいぶん騎士道的に感じられる。 「次に狙ってくるのも成長性が高いタッグでしょう」 「そうだとすれば…コタローか」 「おそらくそうでしょう」 ユージは両足を高く上げると、それを戻す反動を利用して立ち上がる。 「行きましょう、ショウ君」 「ああ!」 ショウはかつて自分を導いてくれた友人に、力強く答えた。 4−2、 同じころ、カケルとコタローは既にデスゾーンの中にいた。 無論、パートナーも一緒である。 「やあ、よく来たね」 話に聞いていた黒いガチャボーグは、デスゾーンの中央で悠然と待ち構えていた。 「君がGブラック…?」 カケルは左隣にいるコタローを不安にさせないよう、なるべく普段の調子で声をかけながら すばやく周囲に目を走らせた。 「そうだよ。何も無いところだけど、楽しくやろうね」 「わざわざ招待してくれてありがとう」 カケルは一度言葉を切り、再び変わらぬ声で話しかける。 「ところで君のパートナーは?」 ショウから聞いた話では、Gブラックはエナジー供給のために小学生をさらっているという。 しかし今、Gブラックの背後には誰もいない。 「今日はナシだよ。バーストを使わない戦闘のデータも欲しくってね」 「へぇ、そうなんだ」 カケルは声のトーンを一段下げてから言い放つ。 「甘く見ない方がいいよ?」 空気が張り詰めた。 サスケは刀、ビリーは銃にそれぞれ手を掛けていつでも抜けるように構える。 丸腰のGブラックは微動だにせず、目を発光させて言った。 「そりゃ楽しみだ」 その言葉が終わると同時に、サスケがまっすぐに走り出す。 「リズム!」 ビリーは左のリボルバーを抜き、強力な弾丸を一発だけ放つ。 それはサスケを追い抜き、Gブラックに迫っていく。 Gブラックは前進して射線から離れ、そのまま足を止めずにサスケの方へ向かった。 「おそいよっ!」 右の蹴りでサスケを左に大きく飛ばす。 「ブルース!」 Gブラックが姿勢を戻す前に、2発目の弾丸が放たれた。 すぐに動かせない軸足を狙った一撃は、命中することなくデスゾーンに落ちる。 「惜しかったね」 背中のブースターを吹かして空中に浮きながらGブラックが言った。 着地すると、隙を狙って左からサスケの刀が伸びてきた。 Gブラックは前を向いたまま後方にステップして逃れると、右手でサスケの首を持ち上げる。 サスケの体を盾にされる格好になり、ビリーは射撃を一瞬ためらう。 Gブラックはつかんだ手を離さないまま左手にオーラを宿らせ、サスケの腹部に叩き込んだ。 「サスケっ!!」 カケルの叫びが響いた。 「チッ!」 ビリーが足を狙って弾丸を放つと、Gブラックはサスケを右に投げ捨てながら左に回避した。 サスケは力なく地面に落ち、動かなくなる。 「ハハ、もう動けないの?」 目を大きく発光させながら、視線をサスケからビリーに移す。 「じゃあ今度は君だね」 Gブラックはゆっくりとビリーの方へ歩き出した。 ビリーはピストルに手を近づけたまま動かない。 「手が震えてるよ? 僕ってそんなに怖いかな?」 距離が近づく。 不意にGブラックの足が止まったかと思うと、右腕にオーラをまとわせて スピードの乗った一撃を繰り出してきた。 ガガガッ!! 硬いものを削るような音が立ち、Gブラックは後ろにのけぞった。 後頭部から背中にかけてまっすぐに切り傷を受けている。 ビリーは即座に2つの銃を構え、胸と顔面に一発ずつ撃ち込んだ。 頭から飛ばされていくGブラックの陰にしゃがんでいるサスケの姿が見える。 ビリーへの攻撃を開始した隙に上空から無音で降下しつつ、斬りつけたのだ。 サスケはシノビボムを取り出して、背中から地面に落ちた目標へと投擲した。 続いて爆風の中に向かって無数の手裏剣と銃弾が飛んでいく。 数回命中する音がしたあと、Gブラックは大きく上にジャンプして攻撃から逃れた。 「読んでたぜ!」 既に上空に狙いをつけていたリズム&ブルースから強力な弾丸が同時発射される。 到底、回避できるようなタイミングではない。 しかし弾丸はGブラックの左手から走った光によって相殺された。 「ウソだろ!?」 Gブラックの左手にはビームガトリングが握られていた。 「……やられたふりをして奇襲か」 Gブラックが着地すると、顔の両側からマスクが展開して傷を隠した。 続いて右肩にプラズマブレードを出現させ、抜き放ってから刀身にオーラをまとわせる。 「いいデータをありがとう。お礼にちょっとだけ本気を出してあげるね」 4−3、 「ようやくGレッドが治ったのに…」 カケルの家で、ナオはサスケとビリーに応急処置を施していた。 周囲にいるのはカケルとコタロー、ショウとユージ、そしてマナ。 家を出たユージは、ショウにもう一度マナに電話を入れさせた。 それはカケル達がGブラックによって傷つけられれば治療の必要があるだろうという予測だけでなく、 マナをカケルに会わせることで安心させるため、そしてショウにさっきの態度を謝らせるためという、 3つの目的があった。 「ナオ、どうなの?」 言葉を失っているカケルとコタローに代わって、心配そうにマナが尋ねた。 「大丈夫、治るわよ。受けた攻撃は強いものだけど、Gレッドのときに比べれば  ずいぶん弱くなってるわ」 「…パートナーがいなかったんだ」 コタローは呟くような声で言った。 ショウはユージと顔をあわせ、部屋にあったテレビのスイッチを入れた。 『発見された――――君は、心身の衰弱が見られるものの、命に別状は無いと――』 「パートナーを手放したのか?」 スイッチに手を掛けたまま、ショウが言った。 「しかしバーストを使うには人間が必要です」 ユージの言葉に、ショウは何か引っかかるものがあったようだ。 ほとんど間を入れずにユージに聞きかえす。 「Gブラックがコマンダーを洗脳してくる可能性は?」 ユージはショウがわざわざ“洗脳”という言葉を選んだことから、彼が何を考えているのかを 見抜いていた。それでも表情はいつもを保ったままだ。 「考えられないことではありません。デスブレンは自身にエナジーを供給させるために  デスコマンダーを使っていましたが、Gブラックは己の強さのために人間を必要としています。  当然、より高いGFエナジーを持つ人間をパートナーにしたがるでしょう」 「だがパートナーに出会ったばかりの頃ならともかく、2年前の戦いを乗り越えてきた俺たちだ。  洗脳することは難しいんじゃないか?」 「そうでしょうね。それができるのなら、Gブラックは最初から僕たちを狙ってきたハズですから。  よほど精神的に不安定にされなければ、洗脳されることはないでしょう」 「そうか……」 ショウはポケットに手を入れ、中にある携帯電話を握り締めた。