2−1、 イナリ山の木々は、赤くなり始めた太陽と色を競うように強い緑を茂らせている。 もう少し低いところに目をやると、木々の間に造られた山道を2人の少年が歩いていた。ショウとコウだ。 先を行くショウはどこか憮然とした表情で、後に続くコウは左頬を押さえている。 部屋に戻ってきたショウに「しっかりしろ!」の一声と共に殴られたせいだ。 ショウは床に倒れたコウが立ち上がるのを待つことは一切しないで、傷ついたGレッドをイナリ山に運ぶよう ガルダに命令し、リンを休ませてから、コウを引きずるように連れ出した。 山道を10分ほど歩くと左側にひときわ大きな樹木が見え、その手前から林を突っ切るように進む。 表からは見えないところまで進むと、見覚えのある四角い箱が地面に落ちていた。 改造されてどころどころ出っ張っているものの、ガチャボックスに間違いない。 傍にあるガチャボーグの姿は、Gレッドとその修理をしているナースボーグだろう。 2人は駆け寄った。 地面に横たわっているGレッドの隣で、看護婦の格好をしたボーグ――ナースボーグのナオは 治療を続けている。 「ナオ、Gレッドは!?」 駆け寄るなりコウが口を開き、ナオは手を休めずに答えを返す。 「大丈夫。体の傷はひどいけど、データクリスタルは無傷よ」 「それじゃ、治るんだな!?」 「ええ。ナースボーグが私しかいないから時間はかかるけど、ちゃんと元通りになるわ」 「そっか…よかった」 コウが安堵の息を漏らしたところで、ショウは疑問を口にした。 「データクリスタルが無傷だと?」 「奇跡的にね。この傷を見ただけでも並みの攻撃じゃないって分かるわ。  例えるなら…フォートレスボーグの主砲ってところね」 「それを全身に受けてもデータクリスタルに傷一つない…?」 「その通りよ」 奇跡を通り越して不可解だった。ナオもそう思っているようだ。 「へっ、面白そうじゃねえか」 特にすることも無く、この辺りを飛び回っていたガルダがゆっくりと降りてきた。 かつて自分のライバルだったダークナイトを倒し、新たにライバルとして認めたガチャボーグを こうまで圧倒できる者がいることに、彼は興奮を覚えていた。 「話を聞かせろよ。俺の獲物を取りやがったのはどいつだ?」 「Gブラック…」 ナオがつぶやいた。 「精神操作に空間操作、さらにバーストを絞る能力か…」 「どうしたショウ? ビビってんのか?」 「ガルダは黙ってろ」 「だけど今までどこに? 2年前はそんなボーグいなかったでしょう?」 ここにいる全員に尋ねるように、ナオが言った。 「だが奴に狙われていることは確かだ。“強さを求める”と言っていることから考えれば、  人間ではなくガチャボーグを狙ってくるだろう。それも強いボーグをな」 「それじゃ、次に狙われんのはガルダ…?」 「そうだろうな。念のために他のガチャボーグもパートナーのところへ戻して、  パートナー同士も複数で行動させた方がいいだろう」 ショウはポケットから携帯を取り出して淡々とメールを打ち始めた。 「夏休みなのはちょうど良かった。泊まりがやりやすいからな」 2−2、 「よかった、気が付いたのね」 目を開けたリンにうさぎが声をかける。 「…ここは?」 「コウの家よ。いきなり倒れちゃうんだもん、びっくりしたよ」 リンはゆっくりと上体を起こした。頭の中では、まだ現実と夢の区別があいまいになっている。 さっきのことは夢だったのだろうか。 「黒川さん…」 「なに?」 「コウたちはどこに行ったの?」 うさぎは答えることに一瞬のためらいを見せた。 できるなら、自分も先ほどのことが現実だと信じたく無かったからだ。 「…イナリ山よ。Gレッドを治して貰いに」 「そう…あれは私だけの夢じゃなかったんだ」 自分の悪夢にコウたちを引きずり込んでしまったように感じて、リンは胸を押さえて表情をゆがめる。 「私のお父さんに車を出してもらうね。家に帰ろう、リン」 うさぎの言葉に、リンはただうなづく。 悪夢のことを知らないうさぎは、リンの痛みも自分と同じだと思っていた。 2−3、 その夜。 リンはベッドに入っても寝付こうとしなかった。 天井を見つめ続ける2つの目にはおぼろげな不安が混じり、視線が一点に集中することはない。 それでも全体の表情からは、何らかの決意を垣間見ることができた。 「こんばんは」 横になったリンの右肩の先にある、開けていた窓の外から声がした。 リンは無言で上半身をゆっくりと起こす。 「あれぇ? もう少し驚くと思ってたんだけどなぁ」 「来るって思ってた…聞きたいことがあるの」 リンは振り向き、窓の方を向いた。そこには手のひらに乗りそうなほど小さな体がある。 「私にあの夢を見せていたのはあなたなの?」 「そうだよ。君のためにね」 Gブラックは窓枠からジャンプし、リンの膝の上に降りてきた。 向き直ってリンと目を合わせてから、穏やかに言葉をつむいでいく。 「君はオロチだったときに取り返しのつかないことをした。  その辛さをどうにか忘れられないかって思ってる」 その通りだった。誰にも言うことができなかった心のうちを見透かされ、 リンは気持ち悪さを覚えた。 「でも君が僕に協力すれば、辛さは消えるよ」 「パートナーになれって言うの? あなたはみんなを傷つけるのに?」 「昔の君とおなじだね」 リンの心に痛みが走った。心のいちばん奥にしまっておいた闇を、えぐり出されるような感覚だった。 胸を押さえるリンの前で、Gブラックはまるで全てを知っているように続ける。 「君が辛いのはリンに戻ってしまったからだ」 「私はリンよ…オロチは本当の私じゃない」 「どちらが本当の自分かなんて関係ないと思わない?  君がリンであろうとするなら辛い記憶を背負わなくちゃならない。  でも心からオロチに戻ってしまえば、もう辛いことなんて無くなるんだ。  楽な方を選べばいいんだよ」 「嫌よ。戻りたくなんかない」 耐え難い痛みを引き出された今のリンにとって、楽になれるということは何よりも魅力的なことだ。 だがコウによって取り戻された自分の意識を捨てることは、彼に対しての裏切りに他ならない。 「でも君を救えるのは、僕だけだよ?」 はっきりと拒絶を示されても、Gブラックは穏やかな声を変えなかった。 「勝手に決めないで。何様のつもりなの?」 Gブラックは目を大きく発光させ、得意げに答えて見せる。 「僕は子供さ――デスブレン、Gレッド、そしてダークナイトのね」 そう言ったGブラックの姿に、過去に出会ったガチャボーグたちの印象が重なっていく。 優しいボーグも、強いボーグも、恐ろしいボーグも。 様々なガチャボーグのイメージが1体の黒いボーグに内包されている。 「嘘でしょ…?」 思わず口を突いて出てきた問いだったが、それが真実であることはリン自身の体感で解っていた。