11、 『アクイラ、セイフティ解除。シンクロシステムの起動を確認。また、両コマンダーのGFエナジー計測を開 始します』 ミナの淡々とした、しかしやはり柔和な声が実験施設に響き渡る。  実験施設の広さはバスケットコートが3面とれる程度だが、子供と比べても10分の1のサイズしかないガチ ャボーグにとっては広大な空間である。今その中空には、内壁部に近い位置を旋回し続ける2体のガチャボーグ があった。  一方は黒い装甲をまとった20センチほどのガチャボーグ「ガルダ」。もう一方は実験施設の壁と同じ、白い カラーの人工ガチャボーグ「アクイラ」。こちらは頭頂高8センチ強という小型サイズなのも相まって、油断 すればすぐに見失ってしまう。この研究所のトップである所長もそのご多分に洩れないようで、そばに立つユ ージに向かって「お……おい荒木。アクイラはどこにいった?」とうろたえ気味に問いかけていた。  ユージが壁の一角を指さして大まかな方向を伝えるが、所長の視力では追いかけきれない。ユージは仕方な くインカムに吹き込んでシンに連絡を取り、アクイラを所長の眼前に寄せさせた。 「おお、ここにいたのか。しかし、錦織はよくも目で追えるものだな」 散らかした部屋の中から大事なおもちゃを探し当てたような声を出しつつ、所長は防護ブロックの中に立つシ ンの方へと視線をやる。だが、先ほどまで透明だったはずの防護ブロックは外壁と一体化するように白く塗り つぶされており、内外の情報を完全にシャットアウトしていた。 「な、なんだあれは! 錦織はこちらを見ずに操っているのか!?」 狼狽する所長。しかしユージは冷静に対応する。 「はい。シンクロシステムの恩恵です」 シンを見やっていた所長が、ユージの方へと頭を振る。その視線に促されて、ユージは二の句をつなぎ始めた。 「人工ガチャボーグは自意識を持たないため、一挙手一投足にまでコマンダーが指示を与える必要があります。 裏を返せば、コマンダーが常にガチャボーグの状態を把握していなければ操作はままなりません。例えるなら、 ラジコンヘリのようなものです」 「なるほど……視界の外に出られてしまえば、操作はできないということか」 「おっしゃる通りです。ガチャボーグが視界外に消えても操作を可能にするために開発されたのが、シンクロ システムです。これにより、コマンダーの意識をガチャボーグのデータクリスタルに投影することで、視覚、 聴覚、触覚をガチャボーグと共有することができます」 「ほう、それは素晴らしい。距離に関係なく操れるのならば、偵察にも暗殺にも使えるということか」 所長は再びアクイラに視線を戻し、感嘆した様子で見つめている。その背後で、ユージは小さく溜息を吐いた。  もともとシンクロシステムは、宇宙空間に浮かぶデスブレンとの戦いを想定して開発したものだ。なのにこ の所長は人工ガチャボーグを対人用の兵器としてしか捉えていない。……いや、それは所長だけに限らない。 人工ガチャボーグの開発予算は、あくまで新兵器開発のためとして割かれている。このプロジェクトそのもの が、ガチャボーグを対人兵器としか想定していないのだ。たった8年前に人類全滅のさらに上をいく地球消滅 という危機に直面したにもかかわらず、もうそのことを記憶に留めていないというのか。ユージの溜息には、 先頭に立って地球を守りぬいた者として、周囲に対する愕然とした思いが混じっていた。