9、 「錦織はまだ来んのか! いつまで待たせるつもりだ!」 「セットアップに入っていますから、もう2分とかかりませんよ。それより、発表会当日のことですが……」  所長がわめき散らすたびに、ユージが別の話題を振ってごまかす。実験施設のキャットウォーク上で繰り返 される光景が4度目を迎えたとき、2人の背後にあるエレベーターがポン、と電子音を発して何者かの到着を 告げた。数秒の間があって、ナナとの話を終えたのであろう、キョウコがエレベーターから降りてくる。話題 を変えることで所長の怒りを逸らすのももはや限界だと思っていたユージは、すぐさまキョウコに話しかける ことで、場の空気を変えようとした。 「お疲れ様です、六節さん。ナナさんの説得は上手くいきましたか?」 「はい。まだ精神的ショックは残っているようですが、計画の全貌を話すことで納得を得ることができました」 「そうですかー。それは良かった。これで発表会は安泰ですねぇ」  言いながら、ユージは所長に視線をやる。発表会はそもそも所長が全責任を負って計画したことであり、そ れが成功すれば、全て所長の手柄ということになっている。人工ガチャボーグという優れた兵器の開発を自ら の功績にできれば、所長の立場は天を突くほど上昇することだろう。その輝かしい未来が安泰だと言われて、 所長は相好を崩さずにはいられなかった。 「おお、そうかそうか。これで少なくとも1機は使えるわけだな。六節君、よくやってくれた」 「ありがとうございます」  キョウコはマナー講座の手本のような、見事な礼を見せる。ユージから見れば極めてビジネスライクな態度 だったが、有頂天の所長は気づいていないようだ。 『アクイラ、セットアップ完了。これより実機テストに入ります』  ミナのアナウンスが実験施設の空間に響いた。続いてユージたちから見て左側にある壁、その中央に埋め込 まれた3メートル四方ほどの立方体が前方にせり出していく。立方体の面は全て透明な防護壁で作られており、 その強度はバースト時の真Gクラッシュでさえ跳ね返すほど高い。今日のテストでは、この立方体の中からシ ンがアクイラを操り、相手コマンダーとの実戦を行うことになっている。 『防護壁、コンディショングリーン。アクイラのコマンダーは指令体勢に入ってください』 『了解。訓練生第一期、錦織信。指令体勢に入ります』  ミナの声にシンの応答が続くと、シンが奥のほうから立方体の中へと入ってきた。ユージの位置からではな んとか表情を確認できる程度にしか見えないが、入ってくるなり、所長に向かってガンを飛ばしていたのは間 違いない。とっさに長身のキョウコが所長の前に出てくれたおかげで、所長には気づかれていないだろうが、 気苦労が耐えない己が身を、ユージはちょっとだけ呪った。 『アクイラ、実体化を開始します。コマンダーはGFエナジーの供給を始めてください』  シンは右手を額にやり、目を閉じて集中力を高める。するとシンの正面、防護壁の向こう側に、突然1体の ガチャボーグが出現した。中空で生まれたガチャボーグは重力に従って落ちることはせず、背中の翼を煌かせ てユージたちの方へと高速で移動していく。 「おお、これが……」  目の前でスピードを落とし、ディティールをはっきりと見せたガチャボーグに向かって、所長は感嘆の声を あげた。黒いフレームに白い装甲。マシンボーグとウイングボーグの中間といったシルエットのマシンだが、 背中に付いた大きな2枚羽と、手の側面から肘・肩まで伸びているトンファーのような武器が強烈な印象を与 えてくる。 『形式番号JGB−21。機体名アクイラです。背中の干渉翼は出力基準の170%を誇り、腕と一体型の武 装にはビームガトリングガン、ビームランチャー、スティンガーボムが搭載されています。この機体は中距離 戦に特化したものであり……』 「機体の説明は聞いている! 早く実戦を始めたまえ!」 『りょ、了解しました……』  アクイラを目の前にした所長の興奮ぶりは、ロボットのおもちゃを買ってもらった少年のそれのようだ。ユ ージだけでなくキョウコも同じ感想を抱いたのか、2人はこっそり目を合わせると、苦笑いを交わし合った。 『それでは敵機のスタンバイに入ります。敵機のコマンダーは指令体制に入ってください』  今度はユージ達から見て右側の壁から立方体がせり出してくる。シンの時と同様に防護壁の異常チェックが 終わり、敵機のコマンダーが姿を現す。と、シンの胸に付いた入りっぱなしのマイクが、狼狽の声をユージた ちに届けてきた。 『実戦の相手って、ショウさん……!?』