8、  研究施設の奥にあるのは、開発施設である。最高レベルの機密情報を有するこの場所に入るには、訓練生 であっても副所長または所長の許可が必要になる。シンは、ユージがあらかじめロックの解除をしておいた スライドドアをくぐり、専用機の開発が始まってからも数回しか来たことのない開発施設の中へと身を移し ていった。  広大な空間を持つ実験施設や、無数のモニターや観測機器が並ぶ研究施設とは異なり、開発施設は一般的 なオフィスのように小ざっぱりとしている。簡素なデスクに寄せ集めるように並べられた端末の前には、研 究員がそれぞれ一人ずつ張り付くように座っており、時おり専門用語を散りばめた会話を隣同士でしている が、まるで部外者であるシンには、一体なにを話しているのかは全く理解できない。とにかく早くアクイラ を受け取ろうと思い、手近にいる研究員の背中に声をかけようとしたとき、部屋の中ほどからシンの方へ近 づいてくる人物がいることに気がついた。 「ずいぶん遅かったわね、何かあったの?」  シンが知っている中で、最も柔和な声をしている女性。研究員の海原美魚(ウミハラミナ)である。  8年前に起こったデスブレンとの戦いではキラーガールの澪(ミオ)と共に狙撃役を務め、ガチャフォー スを後方から援護していたという。彼女のGFエナジーは決して高い数字ではなかったが、狙撃に適した “質”を備えていたらしく、うさぎやコタロー、ツトムといった射撃を得意とするコマンダーと比べても、 突出して高い命中率を誇っていた。 「あら、ほっぺたが赤いわね。誰かにつねられたのかしら?」  言いながら両手を伸ばし、シンの頬を挟み込むようにさすってくる。暖かい手のひらに触れられて心臓が ひとつ跳ね上がるのを知覚したシンは、反射的に一歩飛び退いて、柔らかい束縛から逃れた。 「ごめん、まだ痛かったよね」  シンと目を合わせながら謝ってきたミナに対して、シンは視線を首ごと右へ逃がしながら「いえ……大丈 夫です」とだけ返した。その心中には自分が悪いことをしたような、誰かを裏切ってしまったような感覚が ある。どうしてそんな感覚に陥るのかはシン自身にも分からないが、とにかくこのばつの悪い感覚のまま人 前に居たくはないと願ったシンは「……アクイラを出して下さい。ユージさんを待たせていますから」と視 線を逸らしたまま事務的な態度を見せて、ミナをアクイラの元へと誘導する。 「ごめんごめん、すぐに出すからね」  言うやいなや、身を返して格納庫へと向かっていくミナ。シンはゆっくりと首を正面に戻し、他の研究員 が相変わらず端末に張り付いていることを確認してから、足早にミナの後を追っていった。