6、  シンは実験施設のキャットウォークを左に進んで、突き当たりにある自動ドアの前へと移動した。ドアの 脇には電卓のボタンような配置のパネルが備えられていて、ここではIDナンバーを打ち込まなければいけ ない。シンは面倒さに溜息をつきながらも、自分に与えられたIDナンバーを慣れた手つきで打ち込んだ。 「……研究の経過については以上です。続いて、シンクロシステムについてですが……」  ドアが開くと、ユージの声が聞こえてきた。シンから見て左側に設置されているメインモニターを使って、 隣に立つ所長に、人工ガチャボーグ開発の経過を説明していたらしい。一介の訓練生である自分が常識のよ うに知っていることをことを、今になって組織のトップが聞いていることに呆れの感想を覚えつつも、シン はユージがいる研究施設の中央へと、向かって歩みを進めていった。 「訓練生第一期、錦織信。到着いたしました」  カカトを揃え、背筋を伸ばしてシンが言うと、こちらに背中を向けていたユージと所長が振り向く。 「遅かったな、何をしていた?」  更衣室前で会ったときと変わらぬ見下した目が、シンに向けられる。シンは思わず目を細めて、にらむよ うな目つきを作った。 「まあまあ。予定時刻に遅れたわけではありませんし、ちょうど説明もキリがいいところでした。シン君、 実にグッドタイミングでしたよ」  シンと所長の間に走った緊張を察知して、ユージがほのぼのとした声を挟んできた。それでも所長はシン に眼光を送ったままだが、こちらの続行もユージの発言によって阻まれる。 「アクイラの準備は整っています。私達は先に行っていますので、受け取ったら実験施設に戻ってください ね」  言いながら、ユージはシンの脇をすり抜けて、自動ドアの外へと出て行った。残された所長はシンの目を 見据えながら、いちど「チッ」と舌打ちすると、ユージの後に続いて実験施設へと向かっていく。  なんで自分たち訓練生の指揮官があんな大人なのか。シンは憎悪すら帯びているような鋭い視線を、所長 の背中が自動ドアの向こうに消え行くまで浴びせ続けた。  所長の背中が完全に見えなくなってから、シンは表情から力を抜いた。しかし慣れない目つきを作ってい たせいで、顔の筋肉を緩めようとしても、目尻はすぐに下がってはくれない。そこはじきに戻るだろうと割 り切って、シンは踵を返した。アクイラを受け取るためには、さらに奥のフロアへ移動する必要があるから だ。  締め切られた地下室に、シンの靴音がひとつだけ響く。歩みが続いているのなら靴音は後にいくつも続く はずだが、靴音はたったの一回で途絶えた。その代わりに、シンの呻き声が部屋の中に響いていく。 「いだ、いだだだだっ!」  シンの両頬を、力強い指がつねっていた。シンは走った痛みに思わず目を閉じてしまったが、頬から伝わ ってくる手加減を知らない指の力から、誰が犯人なのかはすぐに分かった。まずは痛みから解放されるため に犯人の腕をつかんで指を頬から引き剥がし、さらに追撃を避けるため、一歩ぶんドアの方に退がって距離 をとる。犯人に向かって抗議の言葉を吐き出すのは、それからだった。 「ミサキ! いきなり何てことするんだ!」  シンが叫んだ先には、シンとほぼ同じ身の丈をした女の子がいた。  相田美咲(アイダミサキ)。その明るくて無鉄砲で、本人の意思に関係なく他人を強力に引っ張ってしま う性格から、ユージから「2代目コウ君ですね」と評されたこともある。コマンダーとしての実力は総合4 位に甘んじているが、接近戦の攻撃力だけならシンを超えるほどの実力者だ。専用機は持っていないが、彼 女が使う量産機には接近戦に特化した改造が施されており、さらに“プラズマハルバード”と呼ばれる武器 を与えられている。 「だって、変な顔を戻したかったんでしょ?」  言ったミサキの目は、悪意をはらむどころか、まっすぐで透き通っている。その目に怒る気力を奪われた シンは、やる瀬の無い溜め息を吐き出した。 「確かにその通りだけど、つねるなんてダメだろ。そのせいで赤くなったら、余計に戻りにくくなるのに」 「あ、そっか。そうだよね」  言って、ミサキは「アハハハ」と明るく笑って見せた。シンはもういちど溜息をつきたい気分に駆られた が、今度は抑えて、ミサキに疑問をぶつけることを優先する。 「それより、何でここにいるんだ? 今日は専用機のテストだぞ?」 「ユージさんに頼まれたのよ。専用機の実戦テストの相手をしてくれ、ってね」 「……ちょっと待て」  専用機については、訓練生には発表会まで伏せられることになっているはずだ。なのにミサキが相手とい うのは、どうにも腑に落ちない。大体、それくらいの事情ならロクフシが隠す理由にもならない。 「それじゃ、今日の相手はミサキなのか?」 「違うよ。もともと別の人が相手をする予定だったけど、ユージさんは私に変更したかったんだって。でも、 所長さんが変更を認めなかったの」  ユージが訓練生への情報非公開を曲げてまで変更したかった対戦相手とは、いったい誰なのだろう。シン は疑問と不安を抱きながらも、アクイラを受け取るため、ミサキと別れて研究施設の奥へと進んでいった。