4、  シンは更衣室を出た。先ほどまで身を包んでいた私服はロッカーの中に吊り下げられ、今は訓練生用のト レーニングウェアがシンの体を包んでいる。  トレーニングウェアのデザインは、8年前のデスブレンとの戦いの際にショウが着ていたものとほぼ同一 である。ただし、色は黒と紫という暗いイメージのものから白と青に変更されており、訓練生であることを 示すナンバーが左右の二の腕に刺繍されている。シンのナンバーは“1”だ。  一年前、初訓練のときに配布されたユニフォームにこのナンバーがつづられているのを見て、不可解に思 ったシンは「このナンバーには意味があるのか」と教官であるユージに質問を発した。実力順か訓練生への 選抜順であればコタローが1番であるはずだし、学校と同じに苗字の50音であればミサキが1番になるは すだ。自分が1というナンバーをもらう理由など何も思いつかないシンに対して、ユージは他の訓練生に聞 こえないよう、ささやくように答えを返した。 「君は、いつまでも誰かの後ろにいるような人じゃありません。人の先頭に立って歩ける人物になれるよう に、1というナンバーを贈ったのですよ」  言葉が終わった瞬間に、シンは目を見開いた。自分の心が、ユージに見透かされていることに驚いたせい である。  シンは小学校5年に上がってから、従姉弟であるリンを女性として意識するようになっていた。  しかし、当時高校1年生だったリンには既にショウという恋人がいた。まだその頃、シンはリンたちのガ チャフォースにまつわる話は知らなかったが、それでもリンのそばにいるショウが、自分とは比較にならな いほど強い絆でリンと結びついていることは理解できていた。  もちろん、リンを取られて悔しくないわけなど無い。ショウに少しでも落ち度があったなら、その隙にリ ンを自分の物にしてやろうという欲望は常にあり、シンはその機会を虎視眈々と狙っていた。だが、そんな 機会が訪れることは一度として無かったのである。それどころかシンは、誰よりも強くて格好いいショウに、 いつのまにか憧れを抱くようになっていった。  ショウも、いつも後に付いてくるシンを可愛がってくれた。今思うと、デスブレンとの一件によって家族 を失ったショウにとって、自分という弟分ができたことは嬉しいことだったのかもしれない。  兄貴分であるショウが前を歩き、弟分のシンが背中についていく。何の疑いようも無い、強固に確立され た人間関係が、2人の間にできあがっていた。  だが……シンの心の底には澱(おり)が溜まっていた。  澱の正体は、心の主であるシン自身にも分からない。ただ、ショウの背中を追おうとする度に澱が溜まっ ていくことだけは確かなようだった。  このままショウの背中を追い続けていいのだろうか。その疑問符が膨れ上がってきた頃に、ユージはシン に“ナンバー1”を贈ったのである。 「誰の後ろでもない、俺の道を行かなきゃいけないんだ……」  ユニフォームの右肩につづられたナンバーを左手で握り締め、シンは右にあるトレーニングルームの扉を 見据えた。この奥には、自分の専用機――シンしか使えないガチャボーグが待っている。 「お前となら、道を見つけられるのか? アクイラ……」  パートナーボーグの名を呟きながら、シンはトレーニングルームの扉へと、己の足を進めていった。