『ガチャフォースB−FINAL』 作品内時刻 2011年 4月30日 (コウ=大学1年生)  2011年4月30日。  昨日から始まった今年の大型連休は、5月の2日と6日を除けば10日間も続く長大なものだ。  今日はまだ連休の2日目で、多くの人が各地で羽を伸ばしている時期であるのだが、中学一年生の錦織信 (ニシキオリシン)は自宅で過ごすことを余儀なくされていた。仕事のためである。  4月のうちに13歳の誕生日を済ませたシンは、6歳年上の従姉弟である錦織凛(ニシキオリリン)とふ たりで、立派なマンションの一室に暮らしていた。中学生が仕事を持ち、学生二人が高価な部屋を借りてい ることに疑問を持つ人もいるだろうが、理由は大したことではない。  シンの仕事とは国家レベルのプロジェクトであり、二人の生活は政府からの支援を受けているというだけ のことだ。  時計が午前9時の鐘を鳴らすころ、シンはリンの部屋から薄手の掛け布団をひっぱり出した。そのままリ ビングへと足を向け、ソファを占領して眠っているリンのところへと近づく。もう5月が目の前に迫ってず いぶん暖かくなったとはいえ、ショートパンツにタンクトップというリンの服は余るほど軽装だった。  男子中学生の前でこんな格好を見せるなと心中に吐きつつも、呼吸に合わせて上下に律動する胸に目を奪 われそうになったシンは、ややあわててリンに布団を掛けていく。終わったところでリンの呼吸に乱れが無 いことを確認し、シンは自分の部屋にもどった。  机の引き出しをあけて財布を取り出すと無造作にズボンのポケットに突っ込み、玄関の鍵を持って自室の 外へ出る。  リンがリビングで眠っている以上、同じ部屋にあるキッチンで料理をし、音を立てるわけにはいかない。 自炊よりも割高になってしまうが、中食で済ませるしかなかった。  エレベーターに乗って1階を目指しながら、シンはため息をひとつついた。  リンは同居を始める半年前まで、その名の通り凛とした女性であった。しかし今年の正月に恋人である鷹 見翔(タカミショウ)と大ゲンカを繰り広げてからは、今のような体たらくである。4月から中学に上がる 自分を家に招いた目的も、ショウへの当てつけが大きかったに違いない。  そこまで分かっていながら同居する気になった自分も自分だが、姉のように慕っているリンのことを放っ てはおけなかったのだ。  チン、とベルが鳴り、エレベーターが目的階への到達を告げる。シンは重くなった足を動かそうとしたが、 目の前からかかってきた声に動きを封じられた。 「おや、お出かけですか?」 声の主は荒木優二(アラキユージ)だった。まだ十代だというのに、スーツ姿が板についている。  1年前、ユージはガチャフォースとして共に戦った仲間が次々に進学を決めていく中で、就職することを 選択した。本人は自由意志での希望だと公言していたが、政府が半ば人質の目的で彼を雇ったことは仲間の 誰もが理解していた。シンに対しても「ユージのおかげで今の生活がある」とリンが漏らしていた節がある ため、シンは兄貴分であるショウと同じくらいユージを尊敬している。 「はい、ちょっと買い物に」 エレベーターの“開く”ボタンを押しながらシンが返すと、ユージは手招きして降りてくるように促した。 数歩進んだシンの背後でドアが閉まったとき、ユージが再び口を開く。 「連休のおかげでみんな遊びに行ってしまったでしょう? だからせめてリンさんのお顔でも拝見できれば  と思ったのですが、君が料理をしないということは…」 「ええ。面会謝絶です」 シンは苦笑まじりに返答した。リンは出かける相手と時間を持っていながら、家から岩のように動こうとし ないのだ。 「そうですか…。せっかくの休日なのに友達に会えないというのは、なかなか辛いものですね」 「でもコタロー先輩なら家にいると思いますよ」 「ああ、コタロー君は残っているんでしたね。それじゃあ、ちょっとお会いしてきますよ」 ユージは上着のポケットから車のキーを取り出し、駐車場の方へときびすを返した。その背中に向かって、 シンは思い出した問いを投げかける。 「次に行くのは、明日でしたよね?」 「ええ。そのあと数日の調整をすれば、いよいよ完成です。お披露目の日にはガチャフォースのみんなも戻  ってくるそうですよ」 振り返って答えたユージは、もういちど歩き出すとそのまま建物の陰に消えていった。 「そっか…いよいよ完成か」 感慨深く独白したシンは、心を躍らせながら春の道を駆けていった。